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はじまり
カーン、という、ボールがバッドに弾かれる気持ちのよい音が青い空に響いた。飛び交う喧騒が耳を叩く。喜びの叫び。悲嘆のため息。砂を蹴るたびに足の裏に感じるざらつきは、最後の足掻きだった。
――目指せ、甲子園
視界の端にはそんな横断幕が揺れている。貫太はどうにも形容しがたい感情で、それを視界から追い出した。
貫太の通う高校の野球部は、言ってしまえば所謂「弱小」である。誰もが意識を向けてはくれないようなチームで、高校名ですら、きっと誰の記憶にも残らないようなチームだ。甲子園への夢は見れど、今日のこの敗退は当然の結果であり、わかりきっていた結末である。
(だけど、)
だけど、ただひとつだけ、どうしても、思ってしまう。
(ここにもし、あいつがいたら)
こめかみに伝う汗の感触が気持ち悪い。繰り返す呼吸は浅く荒くて、胸が苦しい。指先はじんと痺れていた。
「はあっ……」
熱いため息が零れる。貫太はぐっと目を閉じた。それでも瞼を透かしてぎらつく太陽の光を感じる。この日、この瞬間、志田貫太は高校生活最後の部活動の日を迎えた。
夏が、終わろうとしている。
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