十、

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「もうすぐ始まるから時間なくて電話した。あとでにすると忘れそうだし。思い出したことがあって」  そう前置きしてから、紺は言葉を続ける。 「この前の、どうせってやつなんだけど」  紺の言葉に和ははっとした。浮かべていた笑みも自然と引っ込んでしまう。 「先輩、高校を卒業したらひとり暮らしを始めるって言ってたの、思い出して」 「……まじで?」  和は呆然と、けれどかろうじてそう返す。  それはつまり、どういうことなのだろう。大学に進学する、という話はもちろん聞いていた。けれど、どこの大学なのかは聞いていなかった。実家から通うものと思い込んでいた。それなのに、貫太は家を出るのだという。ひとり暮らしをするということはつまり、家から通えない距離の大学に行くということなのだろうか。 (どうせ、って言葉の続きは、もしかしたら……) 「先輩の行く大学ってどこ?」  少々急くような口調になりながら紺に問う。けれど紺の回答は簡潔だった。 「知らない」 「まじか」  和も知れず言葉少なになってしまう。  そんな和を見かねてか、紺は言葉を次いだ。 「今日、他の奴らにも知ってるか訊いてみる」  紺のありがたい申し出に、和は飛びつくように頷いた。 「ありがとう。助かる」  それから少し間を開けて、和は「なあ、」と紺に言う。 「なあ、どうせの続きってさ、」  が、その言葉は最後まで続かなかった。  ――水澄!  紺を呼ぶ声が電話の向こうに聞こえてきたのだ。 「あ、悪い。もう行かないと」  心底申し訳なさそうに言う紺に、和は言葉の続きを呑み込んで「いや」と応じる。 「こっちこそ、連絡ありがとう」  和はそう言うと電話を切った。  そして、考える。 (どうせ、の続き)  今の紺の話が本当であれば、和の導き出せる答えはひとつだけだった。 (どうせもう、会えない……?)  そういえば、と和は思い出す。  和の暮らす家に遊びに来る貫太は、しきりと和の生活についてを尋ねていたような気がするのだ。和はそれを、自分に興味を持ってくれているのだと思っていた。けれどもしかしたらそれは、貫太がひとり暮らしをするための準備だったのかもしれない。  いや、今の紺の話でむしろ納得すらしてしまった。  どうして貫太が和の家に来るようになったのか。貫太は、自分の家だと気を遣うからと言っていた。けれど和にはいまいちその感覚がわからなかったのだ。たとえば和が貫太を泣かせてしまった日みたいに、もしも和がなにかをしてしまった際、貫太にとって安心できるのは自分の家という環境なのではないだろうか。むしろ、なんの警戒もなく和の家を訪ねてきてこちらの方が居心地がいいと言う貫太を、和は嬉しい半面、少々複雑な気持ちで受け止めていたのだ。  でももしもその理由が、居心地のよさなどではなくてひとり暮らしのための情報集めだったとしたならば。むしろその理由の方が、和にはすんなりと頷ける。
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