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「おい、」
と、ひょいと貫太が顔を覗き込んでくる。そんな貫太の顔には、不機嫌そうな色と、それから少しだけ不安そうな色が浮かんでいた。貫太は胡乱な目で和の様子を伺っている。それから、おもむろに言う。
「……まさか、また熱が出てるとか言わないよな」
貫太は、そう言うやいなや、和の方へと手を伸ばしてきた。その手が和の額を狙っていることを察した和は、思わずそれを避ける。熱はない。それは断言できる。けれど貫太に触れられては、あらぬ熱がこみ上げてくるだろうことは想像できた。
「大丈夫。大丈夫ですよ。問題ないです」
和が言えば、貫太は不服そうに空振りした自分の手のひらを見やった。そしてもう一度和の顔をじいっと見ると、「ふん」と鼻で息をつく。
「まあ、顔も赤くはないしな……」
そう言うと、貫太はそれでもどこか納得しきれない表情で手を引っ込めた。
「それで? どこ行くの」
「ああ」
和は頷くと、パンツのポケットから携帯電話を取り出した。それをすいすいと操作すると、その画面を貫太にも見せる。
「ここ」
「え」
と、貫太は驚いたように目を丸くした。その丸い目が、和を見上げる。
「俺のところじゃなくて悪いんだけど、先輩の好きそうなバンドのライブがあったから。ライブハウス、行きましょう」
そう。和が貫太に見せたのはとあるライブハウスで開催されるライブのフライヤーだった。貫太がライブハウスへ行ってみたいと言っていたのもあって、受験生である貫太のことも考えて昼の時間帯で手頃なイベントがないか探していたのだ。
「まじで!」
と、貫太は目を輝かせる。
「うん。ぎりぎりまでいいのないか探してたから、事前に相談とかできなかったんだけど」
和が言えば、貫太はぶんぶんと首を横に振る。
「いいよ、いいよ。むしろ思ってもみないサプライズだった! 映画とかそういうのだと思ってた!」
そんなことを言う貫太に、和は思わず苦笑を零してしまう。どうしてもいいイベントが見つからなかったら、映画に誘おうと思っていたのだ。
「見つかんなかったら映画でしたよ」
正直にそう言えば、貫太は「でも、」と満面の笑みで言う。
「でも、見つけてくれただろ」
その笑顔を見て、和は胸の内で溢れそうになるなにかを必死で押し留めた。胸のあたりに手を当て、搔き毟るようにくしゃりと服を握る。
甘い。ひどく甘い。
でも、苦しい。つらい。喉がひりつくような、嫌なものもこみ上げる。どろりとした感情が、行き場もなく和の胸の内で暴れ回っているのがわかる。
(最後、なんて)
ぽつり、と零す。これが最後だとしたら、なんて残酷なんだろう、と。
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