十一、

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十一、

「めちゃくちゃよかったな!」  貫太が何度目かの満足げな叫びを隣で上げ、和は思わず苦笑を零してしまった。  結果的に言えば、ライブハウスのデートは無事成功に終わった。貫太が好きそうだと思ったそのバンドは貫太も気に入ったようで、帰りには物販のブースでCDまで購入していた。  そのあとはふたりでファミリーレストランに入り夕食をとったのだが、その間も貫太は興奮しきりで、ずっと今日のライブについて語っていた。  そんな貫太の様子を見て、和は「よかった」と思う。そして、心底嬉しかった。貫太が自分と同じものを共有し、そして同じ感情を抱いてくれていることが、嬉しかった。  ライブハウスという環境は、たぶん少し、異様だ。薄暗くて、窓のない小さな箱。その中には、ただただ音楽が満たされている。とにかく音が近いのだ。そして、音に酔いしれる、とでも言うのだろうか。音楽だけに包まれて、この狭い空間にいる人間みんなが同じ方向を向き、同じことを思う。その状況に脳がくらくらとしてくるのだ。これを「酔う」と表現するよりほかに、和は言葉を知らなかった。  それを、貫太も確かに共有しているのがわかる。興奮に頬を赤く上気させた貫太の様子がそれを語っている。  幸せだった。あまりにも。  けれど、終わりは刻一刻と近づいている。和はそれを理解している。 「……先輩、」  あっという間に時は過ぎ、今は帰り道である。夜はもうすっかり更けた。受験生である貫太を気遣ったはずが、結局は一日中拘束してしまった。そんな自分には失笑すら零れない。最後かもしれない、という焦りで、自分からはどうにも「帰ろう」という言葉を発することができなかったのだ。レストランを出たのも、貫太が「そろそろ」と言ったからだった。 「うん?」  和の呼びかけに、貫太はにこにこと応じる。まだ興奮は覚めきっていないらしい。  と、そんな貫太もようやく和の様子がおかしいことに気がついたらしい。顔に浮かんでいた笑みが薄らいだ。そうして代わりに浮かんだのは、なにかを察したのかもしれない、真剣な、なにかを思い詰めるような表情だった。  和は足を止める。貫太もそれに合わせるように歩みを止めた。貫太は和と向き合うように立つ。ここは住宅地の一角で、この時刻だからか、幸いなことに人もあまり通らない。 (最後の、チャンス)  和はそう自分を鼓舞し、拳を強く握った。そして、貫太に尋ねた。 「先輩、ひとり暮らしするって、本当?」  と、そんな和の問いは想定外だったのかもしれない。貫太はきょとんと目を丸め、「え」と呟いた。それから、こうも言う。 「なんで知ってんの?」  喉を締められたように、うまく呼吸ができなくなる。  貫太はそれは、なんの変哲もないことのように聞き返してきた。大したことではないように、だ。もしも多少なりとも和へ気持ちが傾いていたなら、きっとそうはならないはずだ。「どうせ」と泣いたあの日のように、言いづらそうにするはずだ。 (つまりは、俺にはなんの気持ちもないってこと……)  ひゅっと喉が鳴った。
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