46人が本棚に入れています
本棚に追加
「わ、わかんねえって言ってんじゃん!」
「いや、それは好きだよ! 好きってことだよ!」
貫太の肩を掴む手に力が入ってしまう。貫太の体温を感じる。熱い。そしてたぶん、自分も同じくらい熱い。溶けそうだ。
なのに、貫太の目にはじわりと涙の膜が張る。和の熱は一気に冷える。
「ど、どうせ……!」
貫太の言葉に息を呑む。貫太の目から、ほとりと涙が落ちる。
「どうせまた、いなくなるくせに」
(いなく、なる……?)
はた、とする。
(誰が?)
(俺、が?)
いなくなるのは、貫太ではないのか。
――どうせまた、いなくなるくせに
和がその言葉を反芻しているうちにも、貫太はまた口を開く。
「俺は嫌なんだよ。あのときみたいに急にいなくなられるのは、本当に嫌なんだ。今はあのときよりももっと嫌だ。怖い。でもおまえはそういうことができる奴なんだろ? きっとおまえは、またする。そんなの、俺はもう嫌だ」
その言葉ではっとする。理解をする。貫太は、和が勝手に学校を辞めていなくなったことを言っているのだ。そして、それをまたやるのだろう、と言っている。だからあのときも、『どうせ』と言って泣いたのだ。
つまり、そのときには、もう。そして今も。
(先輩は、俺のことを……)
「そんなことはしない!」
和が叫べば、貫太は首を横に振る。
「いいや、するね。おまえはする」
「しないってば!」
和の応えに、貫太はじいっと和を見つめてくる。和はそれをしっかりと受け止める。そんな和に、貫太は小さく息をつく。
「……俺は、おまえを信用してない」
そう言われてしまえば、和も言葉を呑んでしまう。
(だけど、)
今、諦めるわけにはいかないのだ。わかっている。
「それは、ごめんなさい。本当に。だけど、もうしないのは本当だから。どうしたら信じてくれますか?」
貫太の目がすうっと細くなる。耳元がじわりと赤く染まっているのがわかる。貫太はそのまま、すいっと目を横に逸らしてしまった。そんな貫太の様子に、和はまた言葉を尽くそうと口を開く。けれど、貫太の唇が薄く開いたのを見て、言葉を呑み込んだ。貫太の言葉を待つ。
「……時間をかけて、信用を取り戻してくしかないんじゃないの」
それはとても小さな声だった。ぼそり、と低く、落とされた。
甘い。ひどく、甘い。
それはつまり、時間をかけさせてくれるということだ。
「先輩、」
和は貫太を呼ぶ。貫太はおずおずと和の方へと視線を投げてくる。そんな貫太の目が、はっとしたように見開かれ、揺れたのがわかる。貫太の大きな瞳の中には和の姿が映っている。自分でも苦笑が零れてしまいそうなほど、甘ったるい笑みを浮かべた自分が。
「ねえ、好きって言って」
和は貫太にそう囁く。貫太は震える。今度は怯えではない。
顔を貫太へと近づける。逃げようと、貫太の首が横を向こうとする。そんな貫太の後頭部に和はすかさず手を添える。それでも視線だけは逃がそうと、貫太の目は泳ぐ。
「志田先輩、」
名前を呼ぶ。と、貫太は恐る恐るといったように、それでも和の方へと視線を戻してくれる。間近で見つめ合う。視線がとろけ合う。
思わずといったように、貫太の唇が薄く開く。
「……好き」
囁くような声だった。か細い声だった。けれどその声を、夜の静けさはかき消すようなことはしなかった。確かに、和の耳にその言葉を届けた。
「かも」
付け足すようにそう落とされた言葉も、だ。
和は「はは」と笑いを零す。そのまま、貫太の額に自分の額をこすりつける。驚いたように貫太の体が飛び跳ねたが、それでも、和がそれ以上のことはしないと悟ったのか、和の好きなようにさせてくれる。
甘い。ひどく、甘い。でも同時に喉がひりつく。この感覚は、なんだろう。
「かもってなに」
絞り出すように言えば、貫太もつられるように小さく笑いを零した。
最初のコメントを投稿しよう!