十一、

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「わ、わかんねえって言ってんじゃん!」 「いや、それは好きだよ! 好きってことだよ!」  貫太の肩を掴む手に力が入ってしまう。貫太の体温を感じる。熱い。そしてたぶん、自分も同じくらい熱い。溶けそうだ。  なのに、貫太の目にはじわりと涙の膜が張る。和の熱は一気に冷える。 「ど、どうせ……!」  貫太の言葉に息を呑む。貫太の目から、ほとりと涙が落ちる。 「どうせまた、いなくなるくせに」 (いなく、なる……?)  はた、とする。 (誰が?) (俺、が?)  いなくなるのは、貫太ではないのか。  ――どうせまた、いなくなるくせに  和がその言葉を反芻しているうちにも、貫太はまた口を開く。 「俺は嫌なんだよ。あのときみたいに急にいなくなられるのは、本当に嫌なんだ。今はあのときよりももっと嫌だ。怖い。でもおまえはそういうことができる奴なんだろ? きっとおまえは、またする。そんなの、俺はもう嫌だ」  その言葉ではっとする。理解をする。貫太は、和が勝手に学校を辞めていなくなったことを言っているのだ。そして、それをまたやるのだろう、と言っている。だからあのときも、『どうせ』と言って泣いたのだ。  つまり、そのときには、もう。そして今も。 (先輩は、俺のことを……) 「そんなことはしない!」  和が叫べば、貫太は首を横に振る。 「いいや、するね。おまえはする」 「しないってば!」  和の応えに、貫太はじいっと和を見つめてくる。和はそれをしっかりと受け止める。そんな和に、貫太は小さく息をつく。 「……俺は、おまえを信用してない」  そう言われてしまえば、和も言葉を呑んでしまう。 (だけど、)  今、諦めるわけにはいかないのだ。わかっている。 「それは、ごめんなさい。本当に。だけど、もうしないのは本当だから。どうしたら信じてくれますか?」  貫太の目がすうっと細くなる。耳元がじわりと赤く染まっているのがわかる。貫太はそのまま、すいっと目を横に逸らしてしまった。そんな貫太の様子に、和はまた言葉を尽くそうと口を開く。けれど、貫太の唇が薄く開いたのを見て、言葉を呑み込んだ。貫太の言葉を待つ。 「……時間をかけて、信用を取り戻してくしかないんじゃないの」  それはとても小さな声だった。ぼそり、と低く、落とされた。  甘い。ひどく、甘い。  それはつまり、時間をかけさせてくれるということだ。 「先輩、」  和は貫太を呼ぶ。貫太はおずおずと和の方へと視線を投げてくる。そんな貫太の目が、はっとしたように見開かれ、揺れたのがわかる。貫太の大きな瞳の中には和の姿が映っている。自分でも苦笑が零れてしまいそうなほど、甘ったるい笑みを浮かべた自分が。 「ねえ、好きって言って」  和は貫太にそう囁く。貫太は震える。今度は怯えではない。  顔を貫太へと近づける。逃げようと、貫太の首が横を向こうとする。そんな貫太の後頭部に和はすかさず手を添える。それでも視線だけは逃がそうと、貫太の目は泳ぐ。 「志田先輩、」  名前を呼ぶ。と、貫太は恐る恐るといったように、それでも和の方へと視線を戻してくれる。間近で見つめ合う。視線がとろけ合う。  思わずといったように、貫太の唇が薄く開く。 「……好き」  囁くような声だった。か細い声だった。けれどその声を、夜の静けさはかき消すようなことはしなかった。確かに、和の耳にその言葉を届けた。 「かも」  付け足すようにそう落とされた言葉も、だ。  和は「はは」と笑いを零す。そのまま、貫太の額に自分の額をこすりつける。驚いたように貫太の体が飛び跳ねたが、それでも、和がそれ以上のことはしないと悟ったのか、和の好きなようにさせてくれる。  甘い。ひどく、甘い。でも同時に喉がひりつく。この感覚は、なんだろう。 「かもってなに」  絞り出すように言えば、貫太もつられるように小さく笑いを零した。
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