あまくて、からい

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「先輩?」 「なんだよ」  やっと家へと向かって足を動かし始めたふたりは、ぼそぼそと言葉を交わす。貫太は、照れが勝るのか少々ぶっきらぼうな物言いだ。そんな貫太を和は愛おしく思いながらも、それでも胸に燻り続けている不安を口に出さずにはいられない。 「先輩の新しい家は、遠いですか?」  やっと思いが通じた。それが嬉しくはある。貫太も、和のことは信用できないと言いつつも、時間をかけて取り戻していけばいいと言ってくれた。けれど、もしも貫太があまりにも遠くへ行ってしまうとしたら、それは叶わなくなってしまう。もちろん、努力はするけれど。  と、貫太は呆けたように「え」と呟く。小首を傾げる。 「だって、大学入ったらひとり暮らしするんですよね? どこか遠い大学に行くってこと、ですよね」  和が言い募れば、貫太は合点がいったというように「ああ」と目を見開いた。それから、「はは」と笑いを零す。 「違うよ」  貫太はそう言って首を横に振った。そんな貫太に、今度は和が首を傾げてしまう。 「大学は、家からも、まあ通える距離のところだよ。ひとり暮らしは俺の家の方針。大学生になったらひとり暮らしをするっていうね。だから別に遠くはないよ。電車で二十分くらいかな」 「は……」  和の口からは呆けたような吐息が零れる。それと同時に、安堵が胸を満たす。 (なんだ。そういうことか……なんだ……)  ほっとする。  そんな和を貫太はくつくつと笑う。 「だからさっき、鬱々とした顔でひとり暮らしするのかって訊いてきたのか」  和はそんな貫太をぐっと睨む。 「しょうがないじゃん。紺からひとり暮らしするって話だけ聞いたんですよ。そしたら、遠いのかなとか考えるじゃないですか。そんで、先輩は『どうせ』とか言うし……」 「ふうん」  和の睨みにも、貫太はにやにやと口端に笑みを滲ませたまま頷いた。そんな貫太をかわいいと思ってしまうのだから、もうどうしようもない。和は「ふう」と息をつくと、また口を開く。 「引っ越しはいつなんですか?」 「いや、まださすがに先だよ。高校を卒業してから」 「そのときは手伝いますから、声かけてください」 「おう。ありがとう。おまえの家、居心地いいからなあ。ああいう感じにしたい」  と、貫太がそんなことを言うものだから、はっとする。 「え、それ本当だったの?」  思わずそんな疑問が口をついて出た。そんな和に驚いたように貫太が「はあ?」と声を上げる。 「そんな嘘、つかないだろ」  心外だと言わんばかりに呆れたように言う貫太に、その言葉に偽りがないことを確信する。確信しながらも、でも、どうしても信じられない。 「だって、おかしいじゃん。先輩を好きだって言ってる俺の家に、居心地がいいって遊びに来るのは不自然ですよ」 「あ、ああ……そう、か」  と、貫太も納得したように小さく頷く。頷きながら、その目はどこか戸惑うように、助けを求めるようにすいっと泳ぐ。
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