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「俺、てっきり、ひとり暮らしするための情報集めとかでもしてんのかと」
「そ、それは……!」
貫太ははっとしたように声を上げた。上げつつも、くっと言葉を呑んでしまう。それから、目は逸らしたままでぼそりと言う。
「そういう気持ちがあったことは、否定しない……」
やっぱり、と思う。けれど、貫太はすぐさま「でも」と言葉を次いだ。
「でも、それはおまえの家が居心地いいからこそだし。それに、俺の家で会うよりも気が休まるのは本当だ。だって俺の家だと、いつ誰が帰ってくるかわからないし。親に、す、好きな……いや、気になってる奴、と、会ってるの、見られなくない、だろ……」
「え」
和が呆然とそんな感嘆を唇から漏らしたのと、貫太が堪りかねたようにがばりと俯いてしまったのは同時だった。
「せんぱ、」
「待て。今、俺に声をかけるな」
そう言うやいなや、貫太は歩く速度をひとり上げてしまう。
「え、ちょっと、先輩」
そそくさと先へ進んでしまう貫太を和は追いかける。追いかけながら、思わず笑い声を上げてしまった。
「はは。本当に先輩、かわいい」
「はあ? うるさいわ。やめろ」
「だって本当のことだもん」
あっという間に貫太の横に追いつき、歩幅を合わせる。貫太はもう逃げない。
「先輩?」
「……なんだよ」
「なんか、蜂蜜みたい」
和が言えば、貫太は怪訝な顔をして和を見る。和はそんな貫太の表情を笑顔で受け止める。
「甘い。めちゃくちゃ甘い」
「なんだそれ……」
貫太がげんなりと言うから、和はまた笑う。
それからはたと、貫太が言う。
「ああ、でもさあ、」
「うん?」
「蜂蜜って、甘いだけじゃなくね? なんか、からくない?」
「からい?」
「そう。なんかこうさあ、喉がひりつくっていうか。最後に残るじゃん」
そう言われて、和はなるほどと思う。確かにその感覚はわかる気がする。そして、心から納得する。
――甘い。ひどく、甘い
――けれど喉がひりつくような、苦しみもある
貫太はまさに、それだった。
「ああ、確かに」
和は「ふふ」と笑う。
「じゃあ、先輩は本当に蜂蜜だ」
「は、はあ?」
「あまくて、からいから」
夜の白っぽい街灯に照らされて、よくは見えないはずなのに、貫太のその顔が赤く染まっているのがわかる。
好きだ、とそう思う。
「好きだよ」
思わずそう言えば、貫太はじわりと瞳を揺らした。かと思えば、ふいっとその目を逸らしてしまう。
(あまくて、からい)
和は胸の内でその言葉を繰り返すと、その幸せな美味しさを噛み締め、貫太の横顔を隠す髪をそっと払った。
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