二、

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二、

 紺が夏の課題を終わらせるのを見届けるべく彼の家へと赴いて、貫太は驚いた。 「な、なんで……」  通された紺の部屋にいたのは、紺だけではなかったのだ。 「あ。こ、こんにちは」  そう小さく会釈をしてきたのは一年生の石橋神楽(いしばし・かぐら)である。彼は野球部に属しているわけではないが、どこで知り合ったのか紺と仲のよい後輩である。けれど、貫太が驚いたのは神楽の存在ではない。もうひとりいたのだ。その男はやってきた貫太を見上げ、にやりと笑みを浮かべる。 「こんちはーす」  男はそんな気の抜けた挨拶とともに、貫太に向けてひらりと手を振ってきた。 「貴島、和」  貫太は思わずその男の名を零す。と、その男、和は顔に浮かべていた笑みを一層深めた。薄く開いた唇から八重歯が覗く。そう。その男は、貫太がずっと忘れられずにいたあの男だったのだ。  と、和はぽんぽんと自分の隣を叩きそこに座るようにと貫太を促してくる。それを見て、貫太は知れず顔を歪めた。確かに空いているスペースはそこしかないのだ。小さなローテーブルを囲み、すでに男三人がそれぞれに床に座っている状態である。紺と神楽は横並びに座り、神楽の向かいに当たる位置に和が座っている。空いているのは、和の隣であり紺の向かいに位置するそこだけだった。貫太は小さくため息を漏らすと、和の誘導に従いそこに腰を下ろす。 「この前ぶりです、先輩」  すると和は、早速とでも言うようにテーブルに頬杖をつき、貫太の顔を間近で覗き込んできた。その思わぬ距離の近さに、貫太はひくりと喉を震わせる。震わせながらも、貫太は思い出す。そうすることで、どうにか冷静さを保とうとしたのだ。  ――この前ぶりです、先輩  そう。和に再会したのは、これが初めてではない。唐突に部活も、高校ですら辞めて姿を消した和は、この夏、今度もまた唐突に貫太の前に姿を現したのだ。  最初は甲子園に向けた大会の初戦の日だった。和が試合を観に来ていたのだ。ただ、あくまでも観戦しに来ただけだったようで、この日は貫太が一方的に姿を見ただけで、言葉を交わすどころか視線を交わすこともなかったのだけれど。  ちゃんと和と顔を合わせ、言葉を交わしたのはそのあとだ。和が先ほど言った「この前ぶり」というのもこの日のことである。  それは、夏祭りの日だった。  毎年、夏祭りは野球部で集まり一緒に見て回るのが恒例だった。というのも、野球部の古い卒業生が、夏祭りの終盤に打ち上げられる花火を見る場所として持っているビルの屋上を貸してくれるからである。だから今年も例に漏れず野球部で集まったわけだが、そこに和が現れたのである。  ただ、現れた彼はひとりではなかったのだけれど。和はなぜだか、浴衣姿の神楽を伴って現れたのだった。
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