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21 消毒
子供の頃、僕らは二人で一人だった。双子だからなのか、僕らはお互いの考えていることが簡単に読み取れた。二人でコンビを組んで、ドッヂボールをさせれば、敵なしだった。完璧に息のあったプレイができたから。つまみ食いでもそうだ、一人が母さんの気を引いておく、もう一人が奥でこっそりお菓子をつまんでくる、それを山分けする、という具合に。そう、ずっと昔は。
でも顔を見るのも嫌になっている今は、そんな感覚はほど遠く、僕らは一人だった。息を合わせられる人間のいない、たった一人の人間だったのだ。
なのに、今、僕にはわかった。あの頃みたいに、影が僕と同じものを感じ取っていたことを。
影とは、二度と同じものを見られないと思っていたのに。
見るつもりも、なかったのに。
「あ、見て見てぇ」
通りすがりの女性が連れの男性の袖を引く。
「双子よ、そっくり」
「ほんとだ」
二人は僕らに微笑みかけながら通りすぎる。
いつもなら気に触って仕方ないその言葉も、今日は何故か気にならない。
なんで?
ふうっと影が、こちらを見た。
さらさらの前髪に雪のかけらがまつわっている。無意識に手を延ばすと、影はその僕の手をそっと抑えた。
「光は、何にも知らないままでいい。綺麗なまんまで、いい」
「…影…?」
僕はすっかり調子を狂わされ、戸惑いながら呟いた。
その僕を影がじっと見据える。澄んだ目の中に影と同じ顔の僕がいた。
握られたままの手がふっと引かれたのはそのときだった。
まだ酔いの残る体が前のめりに倒れる。その僕の唇に影はささやかに唇で触れた。
ちらちらと舞う雪の中、ゆっくりと顔を離した影は目を細めて僕を見つめ、囁いた。
「今日のことは全部消毒したから。だからもう、光は忘れて」
「……え……」
呆然とする僕の腕を、くい、と再び影は引き歩き出す。駅を目指す彼がそれ以上なにか言うことはなかった。
そして僕もまた、なにも言えなかった。
突然の影の行動に混乱していたのもそうだ。だが、それ以上に自分自身の心に動揺していた。
僕は、少しも、嫌じゃなかったのだ。影にあんな風に触れられて少しも。
憎々しく思っているはずなのに、不快感が微塵もなかった。いや、それどころか。
駅前通りに出て、影は僕の肩からするりと腕を解いた。
「酔い、冷めた?」
無感動に影が尋ねる。僕は頭を軽く振った。
「大分、いい、みたい」
「じゃあ、ここでいいね」
影は確認するように言って、ポケットに手を突っ込んだ。そのまま去ってしまいそうな影に僕はなにかを言おうとする。でも、言葉が出てこない。
逡巡した末、出てきたのはいつものひねくれた詰問する口調だった。
「影は、どこか行くのか? お前、高校生だろ。少しは……」
「光には関係ないよ」
投げ捨てるみたいに影が言い返す。僕らは人込みの中で僅かににらみ合った。
先に目を逸らしたのは影の方だった。
「じゃ」
すうっと背を向ける。呼び止めかけて僕は気を変えた。
呼び止めてどうする気だ? あいつが素直に言うことを聞くとも思えないし、それに、僕自身、呼び止めて何を言っていいかなんてわからない。
無駄にしかならない説教をすることになるだけなんだから。
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