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北峰さんに僕の心がときめいたあの日のことは誰にも言ってない。誰かに話すと思い出が薄れそうだから。
そう、あれは、たまたま見かけた放課後の風景の中に、泣いている北峰さんがいたんだ。その時は、名前を知らなかった。ただ、何があったか知らないけれど、必死に泣くのを我慢しているようだった。肩が細かく震えてて、でもこらえきれずに、涙が後から後からこぼれてくる感じに見えた。声も出さずに。始めて見た知らない生徒だったけど、僕は、その子がとてもきれいで、美しいなと思ったんだ。
その子が悟と祥介の初恋の人だと後で知った。
それまでの僕は恋愛にはとんと疎くて、二人がマドンナの話をするたびに聞き流していたんだ。
「芳人、マドンナがテニス部の部長になったんだ。これからは、部長会で話せるぞ! 羨ましいだろう」
「あ、部長なら俺が変わってやるよ」
祥介と悟が揉め出したり、
「芳人、祥介、聞いてくれ。俺、文化祭でマドンナの相手役に選ばれたぞ!!」
「なんだとー?! ずるいぞ悟、クラス代われ!!」
悟と祥介がにらみ合ったり。
二人の声をよそに、自分はあの日、見た光景を忘れられずに心に大事にしまっていた。
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