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ムギが丸くなって眠るソファの隣にゆっくりと腰を下ろした。その頭をなでながら、
「まさか、お前が密告したのか?」
問いかけるものの、答えるはずもない。丸まったまま、気持ちよさそうに眠っている。
「そんなわけないよな」
苦笑しながら天を仰ぐ。今頃ヒナはどうしているだろうか。ムギがいないと言って駄々をこねてはいないだろうか。娘はムギのことが大好きだった。家にいるときはいつもムギと一緒だった。ムギがいないと夜も寝られないほどだ。ムギも心得たもので、嫌がることもなく毎晩添い寝をしてくれていた。
でも……。
娘が熱を出した日、ムギはヒナのベッドにはいなかった。熱を出していたのだからそれどころではなかったのだろう。だがもし、熱が下がり、夜中にふと目が覚めたとき、側にムギがいないとわかったら娘はどうするだろうか?
そうか。出て行く妻は、ねこが見ていたと言ったんじゃない。そもそもムギのことをねこと呼ぶことはない。彼女は先に玄関から出た娘を見ながらこう言ったのだ。
「このこが見ていたのよ」
ドアを開閉する音と、俺が動揺していたせいで「このこ」の「のこ」だけが耳に届き、それが「ねこ」に聞こえたのだ。
あの夜、目を覚ましたヒナは側にムギがいないことに気づき、起きて探しに……。
不意に猫の語源は寝子だという説を思い出した。俺たちの痴態は寝子ならぬ、寝たはずの子に見られていたってわけだ。
頭を抱えて煩悶するうち、いつの間にかムギが顔を上げていた。
憐れむような目で、ねこが俺を見ていた。
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