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彼女
盗作だと言われても、しかたない。
たとえ自分では納得できていないとしても・・。
そんな気持ちになるのに、現実という物差しでは数週間足らず、しかし胸の葛藤で測れば長過ぎるほどの、忘れ去るにはまだ生々しい時間がかかった。
繭子は三杯目になる珈琲を入れたマグカップを手に、ゆっくりと部屋を見回した。
窓際に置いた机の上にはパソコンが一台、大学時代から愛用している漢和辞典が一冊。机の端には小説を書く際に参考にした黒表紙の手記が、素知らぬ顔で無造作に置かれている。
喪に服す不吉な色。
同情や義憤を増幅しようと、意図せずとも計算し尽された装丁。
しかし悲嘆の象徴であるべき黒い塊から、溜息に似せた嘲笑いが洩れ聴こえてくる。
頑張ったのに残念だったわね、との慰めを装う勝ち誇った含み笑い。
思わず手記を屑籠に投げ入れたくなったが、今さら捨て去ったところで、彼女は影のように忍び寄って来るに違いない。
忘れたの? 書けないあなたを、私が懸命に助けてあげたことを・・。
きっと、彼女は耳許でそんなふうに批難するだろう。あたかも裏切られた親友のごとき嘆き声で、私の魂に間違いなく届くよう、生温い息を執拗に吹きかけながら。
繭子は思わず耳を塞いでいた。
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