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夏休みが近付いてきて、俺はシフト表を出しにバイト先に行っていた。
さすがに夏休みは勉強せねばならず、これまでのようにフルで入るわけにはいかない。しかし辞めるのも惜しいので、時間を短縮して細々と続けさせてもらえるよう店長にお願いしていた。
シフトだけ出して店を出て、俺は駅前の本屋に向かった。欲しいなと思っている参考書がないか探そうと思ったのだ。
バイト先のある私鉄駅は大きくはないものの、この本屋だけは売り場面積も広く、充実している。以前、浅利さんがタウン誌を予約購入した店でもある。
目的の棚で目当ての参考書を見つけ、レジで会計を済ませたところで、見覚えのあるキャメルの鞄が目に入った。
何かを探しているのか、店の外側に面した雑誌コーナーで、指で表紙を追っている。学校帰りらしく、定期ケースが鞄からぶらぶらしていた。
俺は驚かさないようにそっと声をかけた。
「おーい、浅利果歩」
すると浅利妹は飛び上がって、怯えた目をこちらに向けた。
右手は鞄の肩部分にぶら下がった卵型のキーホルダーを掴んでいる。やばいやばい、もしかしてそれ――。
「待て待て待て! 俺! 前に会ったろ、姉ちゃんのクラスメイト!」
慌てる俺を認識して、果歩はほっと力を抜いてキーホルダーから手を放した。
危なかった。あれを引っ張られたら俺が社会的に終わるところだった。
「なんだあ、紫苑か。びっくりした。誰かから声かけられることなんてないから」
「驚かせてごめん。今帰り? なにか探してるの?」
「雑誌探してたんだけど……、なんかいいのがないからいいや」
言いながらも目は女性向け雑誌の表紙を追っている。表紙は十代後半の女性モデルがこちらに顔を向けているものばかり。しかし年齢的に少しミスマッチじゃないだろうか。
「なんつーか、ファッション誌読み始めるのが早いね。最近の小学生は皆、こういうの読んでるの」
「違うよ。お姉ちゃんの髪用」
驚いて聞き返せば、浅利姉の髪をセットしているのはこの妹だという。毎朝、ファッション誌やらヘアセット動画やらを見ながら、姉の髪を結っているというのだ。
「ねえねえ、今日の髪型どうだった? 頑張ったの」
「上手だったよ。果歩、手先器用だね」
「そういうことを聞いているんじゃないんだけど」
慌てて「可愛かった可愛かった」と言うと、果歩は満足気に微笑んだ。
そうだ、突然の姉の変化について妹は理由を知っているかもしれない。
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