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# prologue
その日は月が出ていなかった。
空が雲に覆われていた訳ではない。月そのものが空に無い。新月の夜だ。
そんな暗く閑散とした夜に似合わず、辺りは騒然といていた。
「いたか!?」
「逃がすな!何としても見つけろ!!」
子供達は、慌てて奔走する大人達を茫然と見ていた。その中で僕は、ただ立ち尽くしていた。隣には、ぺたりと座り込みしゃくり上げて泣く少女の———ミーシャの姿がある。
「どうして……?」
ふと溢れた声も唇も震えていた。
ミーシャは変わらず泣いている。
アルマが、消えた。
僕とミーシャにとってアルマという少年は、最早家族とも言える存在だった。3人でいつも一緒にいた。小さな頃からずっと一緒にいた、大切な仲間。
目立ったきっかけはなかった。きっかけはおろか、何にも変わらない日常が過ぎていただけだった筈なんだ。
しかしなんの前触れなく、アルマは突然姿を消してしまった。
「………立って、ミーシャ」
僕は呆然としながらも、隣で泣きじゃくるミーシャの手を取った。
「……勝手にここを出た人って、機密を守る為に『対処』されるんだよね…?ねぇ、それって、殺———」
「違うよ、そんな訳ない」
一番考えたくない言葉を言おうとしたミーシャの震える声を僕は遮った。
「そんな訳ない」
もう一度口にした。ミーシャに、そして自分自身に言い聞かせるように。
アルマがここから消えたのは、何か理由がある筈なんだ。
ぽろぽろと零れる涙も拭わず、僕はただ前を向いていた。僕たちの前に、先に進ませないように遮る大人たちがいる。その彼らの隙間から見える、壁を壊して開けられた穴。
外は月のない夜だ。
黒よりも黒く見える穴は、僕の心にぽっかりと空いた穴によく似ている。
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