俺は猫

4/5
前へ
/5ページ
次へ
 俺は事の顛末を説明した。  嘘は言っていない。  どうやらこの犬は、俺の心臓の音まで聞き分けるらしいからだ。  しかしそれは、俺も同じこと。  むしろ俺の方が、倍近く聞こえている。  こいつの心臓が、やさしくゆっくりと脈打つ音が。  当然、倍近く聞き分けてもいる。  こいつの声に、俺に対する憐みの心が含まれていることを──。 「なるほどな。おまえの御主人様には悪いけど、変な男を捕まえたんじゃないのか」 「……だよな。どう考えてもおかしい」 「おまえに会うと必ず泣くなんて、女々しいしな」 「あぁ。鼻水もとめどなく垂らして、みっともない」 「それでもおまえは、出ていくんだな?」 「仕方ないだろう。御主人様のためだ」  俺は猫、気まぐれでツンデレと思われがちだが、しっかりと忠誠心を持っている。  御主人様の幸せの邪魔をするなど、言語道断。  あの男は頼りないが、御主人様の気持ちは本物だ。  あの男と一緒に居るときは、心臓の音が早くなったり、ゆったりとしたり。  不安定になる。  それが愛であることは、学習済みだ。  御主人様が子どものころから長年見てきたし、なによりも──。  俺自身が御主人様といるときに、同じようになるからだ。 「わかった。でも、首輪は付けておけ」 「なんでだ?」 「野良猫だとわかったら、やさしくないからだ。人も、俺たちや飼われている生き物も。どうなるか、わかっているだろう?」 「……そうだな、すまん」 「わかったら、そろそろ行け。もうじき朝が来る」 「あぁ、わかったよ。ありがとうな」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加