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俺は猫、自由で気まぐれな生き物だ。
たとえ姿を消したところで、御主人様も慌てないだろう。
いつものことだ、また腹が減ったら帰ってくるだろうと、気にも留めないはずだ。
それに、元々は尽きるはずだった命。
雑踏の中で生まれ、捨て猫だった俺が、元の場所へ帰るだけだ。
心配はいらない。
体も大きくなったし、速く走ることも、大きな鳴き声を出すこともできる。
正直、退屈していたんだ。
俺には、窮屈な世界だった。
狭いのに俺のための遊具が占拠する、この家も。
帰らなければならない場所がある、期限付きの旅も。
もっと自由に、猫らしく──。
だから、さようなら御主人様。
どうかあの男と、幸せに。
それだけが俺の願いだ。
俺はベッドで眠る御主人様の頬をペロッと舐めると、布団にもぐりこんだ。
手の甲に頬をこすりつけてみると、すっかり一人前の大きさになった手の平が、俺をやさしく包み込んだ。
体温が伝わってくる。
枕元から聞こえてくる寝息は変わらない、無意識の行動だろう。
最後にと、もう一度見た寝顔は、いつも俺を撫でるときのように、優しく微笑んだように見えた。
その温もりが消えないうちに、ドアの隙間を抜け、風呂場の窓から外へと飛び出していく。
真っ暗だ。
でも、暗くても怖くない。
俺は猫、夜行性の生き物だ。
人間が見ているよりも、この世界は、ずっと明るく見えている。
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