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 繕い物なら和田を呼べ。そんな話が広がるのに、そう時間はかからなかった。女手のない男子学生寮に裁縫などできるものは少なく、また和田はリーズナブルに請け負ってくれる。    ボタン付けなら一つ百円、裾直しなら一回五百円。それは和田の気分によって菓子で成立することもあった。  そして隅田は、約二十回目となる取れた制服のボタンを和田に差し出している。 「隅田、またなわけ?」 「悪ぃ悪ぃ」 「もう、不注意なんだから」 「一年の時からのよしみじゃねぇか」  そうヘラヘラ笑う隅田を横目に、なれた手付きで和田は裁縫セットから針と糸を取り出す。和田がその裁縫セットを持ち歩く羽目になったのは、確実に隅田のせいだと常々文句をたれていた。 「にしたって制服でしょ。これ高いんだから」 「ボタン無くさなかっただけ偉いと思わねぇ?」 「全然思わない」  和田はよそ見をせず、じっとボタンをつける場所を探っている。それを少し高い位置から、隅田が眺めていた。ボタン付けなんて、ものの数分で終わってしまう。しかしその短い間だけでも、和田が自分のものに触れるということにドキドキするのだ。そして、またその反対も。 「俺のボタン、多分ぜんぶお前につけてもらった自信あるぜ」 「そんな自信はいらない」 「そう? 俺は嬉しいけど」  隅田は邪魔をしないように、自分の制服の違うボタンを撫でてみる。するとそこに和田の熱がまだ籠もっているような気がするのだ。   ようやく付ける位置を決めたのか、そこからは速かった。少しの余裕をもたせながら、ボタンの穴に針で糸を通していく。和田はバッテンにする通し方が好きだった。そして生地とボタンとの間を余った糸でぐるぐる巻にしていく。最後に玉止めをすれば、もう終わってしまった。 「なぁ、歯で糸切れなねぇの?」 「糸切り鋏のほうが簡単だし、衛生的に駄目でしょ」  少しの邪な思いでそう聞いてみるも、あっさり否定されてしまう。それに少し残念に思いながら、まぁ仕方ないと身の内をなだめてみた。 「で、報酬は俺からのちゅーだな」 「いらないよ、そんなの」 「硬いこと言うなよ」  毎回そう言って見るが、いつも冗談だと思われて冗談で返されてしまう。隅田の方でも、まさか本当にできるとは思ってなくて。墨田はいつものようにポケットから小銭入れを引っ張り出す。その中から百円玉を探していると、和田がため息をついた。 「お前限定で値上げしようかな」 「おいおい、それゃないだろ。値下げならともかく。俺はお得意さんだろ」 「こんなお得意さんはゴメンだね」    ようやく探し当てた隅田は、和田に百円玉を差し出す。しかしちらりと見ただけで、和田は受け取ろうとはしなかった。それどころか、軽く俺の手を払って拒否の姿勢を示す。 「なんだよ、本当に値上げする気かよ。いくら取るつもりだ。百五十円か、二百円か」 「千円」 「ぼり過ぎ」  コントのように、隅田は大げさに仰け反ってみせる。しかし和田はどこ吹く風で、頬杖をついてさっきつけたばかりのボタンを眺めていた。そこは隅田の胸元を締める第ニボタンで、それに気づいた隅田は思わずドキリと胸を高鳴らせる。  心臓に近いとされる第二ボタン。それは卒業式に好きな人から貰いたいと誰もが望むものだろう。ただの偶然かもしれないが、それでもそこを意味深に眺める和田の心境が知りたくてたまらない。 「なんだよ。俺の第二ボタン、欲しいのか?」  お前のなんか、欲しいわけ無いだろ。隅田はそう返ってくると思っていた。隅田の冗談に冗談で返すように。しかし隅田の耳に聞こえてきたのは、全く違う言葉だった。 「欲しい」  和田の口から溢れる。それはまさに、本当に溢れ出てしまったもののように思えた。隅田は信じられないと和田の表情を見つめ、その真意を探る。和田はといえば、少し目を丸くしただけで特に変化は見られない。しかしそれは冗談と言うにしてはあまりにも自然すぎたのだ。 「マジで?」 「うるさい」 「貰ってくれんの」 「うるさいってば!」    和田は小さく叫び、机に突っ伏して顔を隠してしまう。それをいいことに隅田はニヤケ顔を隠さないまま、もっと和田に近寄った。 「それって、俺の事好きってこと?」 「……」  もう何も返答する気がないのか、それともできないのか。どちらにしても沈黙を守る和田のその背中は、大きくイエスと書いてある気がした。  これで足繁く通ったかいがあるというもの。確かに注意力がないのはそうなのだが、それでも全部のボタンを取るというのは稀だろう。故意にとはいかずともボタンが取れそうならそういう行動をしてきた。  そして普段大人ぶってる和田をからかういい機会だと、隅田は耳元に口を寄せる。そこで和田の耳が赤く染まっていることにようやく気がついた。 「いいよ。第二ボタンだけじゃなくて、全部あげる」  ゴトッ、と鈍い音がする。和田が机に頭をぶつけたのだろう。いや、落としたという方が正しいか。どちらにしても隅田は上機嫌で、自分のクラスへと戻っていった。  そこでスマホを見てみると、和田からのメッセージが届いている。なんだろうとふいに開けてみると、今度は隅田が赤面する番だった。 「じゃあ、俺が一生お前のボタンつけてやるからな」                        完  
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