猫の舌で舐める

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 「猫の舌亭」にあるテレビでは、ニュースが流れていた。 『東京都在住の会社員、江澤美耶さん二八歳が行方不明になって三週間が経ちました。この会社では同年に立川真弓さん二六歳も同様に行方不明になっていることから警察は、事件性があるとして交際相手の男性に事情聴取を──』 「そんなことしても、無駄なのにね……ねぇ、ミヤさん」  猫屋敷は抱きかかえたスコティッシュフォールドの猫、「ミヤ」を撫でつつ言った。 (お願い……人間に、戻して) 「どうして? 今の生活の何が不満なんです? お客様からも大人気で可愛がられてるじゃないですか」 (それは猫の私……人間の私じゃない)  目を覚ましたら私は、スコティッシュフォールドの猫になっていた。  言葉を発しても猫屋敷以外の人からは「にゃーにゃー」と鳴いているようにしか聞こえず、人間に戻ることはもうできないと猫の舌亭にいる他の猫から告げられた。  他の猫──いや、私同様に猫になった「元人間たち」から。  そして猫になってから時間が経てば経つほど、人としての記憶や自我は消えていくこと。人を舐め、その人の「不幸」を摂取し人間だった頃に感じていた不幸や悲しみを思い出すことでしか、人としての意識を保つことができないそうだ。だがそれも当座しのぎで、いつかは完全な猫になるらしい。  現に私にそのことを教えてくれた白猫のマユミ──元・立川真弓も近頃は「おいしい」「ねむい」と簡単なことしか言わない。  まるで、もうそれぐらいの単純な思考しかできないような。 「本当、強欲だなぁ……ミヤさんは宮沢賢治の『注文の多い料理店』という作品を知っていますか?」  猫屋敷は私を撫でつつ、あらすじを教えてくれた。  山に迷い込んだ二人の若い猟師が、「西洋料理店 山猫軒」という店を見つけ入店する。その店では「当店では注文の多い店なのでご了承ください」と書かれており、彼らはそれを「人気店だから注文が多いんだ」と思い込む。そして扉を開け、店を進むごとにある「泥を落とせ」「持っている鉄砲を預けろ」という書置きに従っていく。  しかし「クリームを体に濡れ」「体に塩を揉みこめ」という指示からついに、猟師たちは料理が提供される側ではなく、自分たちが客に提供される食材であることに気づく。鍵穴から覗く不気味な青い目玉に震えるばかりの二人。万事休すかと思ったが、序盤で死んだと思っていた猟犬が助けに駆けつける。  そして化け猫のレストランから命からがら逃げた二人だが、恐怖でしわくちゃになった顔は治らなかったという。  そう教える猫屋敷の瞳孔は猫のように縦長に変化していた。そして背から覗いて見えるのは、毛に包まれた二又の尾。 (まさか猫屋敷さんは、『注文の多い料理店』と同じ化け猫?) 「かもしれませんね。でも、ここはその店に比べたら良心的だと思いませんか? ちゃんと代金に見合ったサービスを提供している……客である人間の注文が多くなって、度を越さなければ」  テレビではインタビューを受ける両親の姿が映っていた。私の無事を祈っていると、早く帰って来て欲しいと泣きながらに訴えている。  私は確かにあの時、「猫の舌亭」が提供する以上のサービスを強欲にも求めた。  ──その報いが、この結果なのか?  私はなんて馬鹿だったのだろう。私を本当に必要とし、愛してくれている人は既にいたのに、他の物を欲しがって。 (お願い……お願いします。元に戻して。猫屋敷さん) 「猟師の恐怖で変貌した顔と同じです、ミヤさん。願っても戻らないんだよ」  私は泣いた。ずっと、ずっーと。 でも「猫の舌亭」に来た客からは「鳴き声が可愛い」と、さらに愛でられるだけだった。
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