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本当に本当に心の底から残念で仕方がないと拳を握るウーヴェにヘクターが無言で頭を左右に振ったかと思うと、ウーヴェの荷物は何処だと問い掛ける。
「荷物ぐらい自分で持つから良い」
ヘクターの身体を慮ったウーヴェの言葉をヘクターが笑顔で遮り、首を傾げられた為に自慢するように僅かに顔を上げたヘクターがウーヴェに問い掛ける。
「ウーヴェ様、今回は私たちにおつきあい下さるんですよね?」
「そのつもりだ」
「ならば家でも申しておりましたが、こちらでも私の言葉に従って頂きますよ」
「ヘクター……?」
ウーヴェが年に一度クリニックを休診しヘクターとハンナが暮らす小さな村に出かけるのだが、その時も二人は甲斐甲斐しくウーヴェの世話をしてくれていたが、ここでもそれをすると暗に宣言されて瞬きをしたウーヴェは、それでは俺が何のために来たのか分からないと不満を訴えるとヘクターがスパイダーのトランクからボストンバッグを取り出しながら満足そうに笑う。
「ウーヴェ様の世話をすることが私たちの生き甲斐なんですよ」
「……その事については後でゆっくり話をしようか」
ヘクターの言葉を一端聞き入れることを示すように頷いたウーヴェは、階段の最後の一段を下りきらずにずっと待っているハンナの前にゆっくりと歩いていくと、涙を浮かべる彼女の身体を抱き締めて日だまりの匂いに顔を埋める。
「ウーヴェ様……」
「ハンナ、痛いところなどは無いか?」
精神科医として働くウーヴェだから最先端のガン治療については勉強不足だったが、それでもガンに冒された人たちが辿る道は良く知っていた。
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