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「良し」
今日も一日働くかとの気合いを込めて軽く頷き、ベッドルームから出て行き、左手に伸びる長い廊下を静かに歩く。
本来ならば3部屋ほどが作られるはずだった最上階のフロアだが、ここにあるのは青年が暮らすこの一部屋だけだった。
土地のオーナーが青年の父の古くからの知り合いであり、また事業上のパートナー企業のオーナーでもあった。
その繋がりからここにマンションを建てる計画を耳にした父が、相場にいくらか上乗せをするから最上階を買い取ると申し出、己の息子が開業した祝いにと、この部屋を与えたのだった。
当初は親の脛を囓っていると思われるのが嫌で、また自身と父との確執からそれを受け取ることが出来ず、父や兄には内密に家賃と称した金を振り込んでいたが、ある時それが分かってしまい、今まで振り込んだ全額を返金された上にこの家を正式に譲り渡すという正式な譲渡契約書と権利書などの書類が、実家が抱えている弁護士から届けられた。
さすがにそこまでされてしまえば逆らう事も出来ず、世間からすれば羨ましい限りの書類に渋々サインをした。
他者からすれば羨むような環境だったが、ベッドルームがメインの一つとそれぞれシャワーブースが付いた客間が5部屋、バスルームが2つに20人ほどの来客があっても十分にもてなすことの出来る広さを誇るダイニングなど、一人暮では持て余すほどの広大な家で、メインのベッドルームとバスルームしか使わずに暮らしている。
そんな青年、ウーヴェ・フェリクス・バルツァーは、開院しているメンタルクリニックに通勤するため、玄関の壁のフックに吊しておいたコートを腕に掛け、これにだけは金を掛ける愛車、ボクスター・スパイダーのキーを手に家を出るのだった。
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