Glück des Lebens./人生の幸せ

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 隣の部屋の住人まで叩き起こすつもりかと文句を言われても仕方がない程の巨大なベルの音が、足の踏み場もない程散らかった室内に響き渡る。  「……ぅーっ」  まるで獣が唸るような、それとも地獄のフタが開いたことを喜ぶ悪魔達が歓喜に湧き踊っているかのような低い低い声が聞こえたかと思うと、いつまでもしつこく鳴り響く目覚まし時計に大きな掌が叩き付けられる。  目覚まし時計が口を利いたとすれば、間違いなく痛いだろうがバカタレ、傷害罪で訴えるぞと言うだろうが、今のところ目覚まし時計が己の意思でもって喋るだけのテクノロジーを現代の人間は持ち合わせていなかった。  眠気に負けきっている腕がずるりと重力に従ってベッド脇に垂らされると同時に、手の下にあった目覚まし時計も床の上に転がり落ちる。  人間ならば即死かもしくは重態だろうが、この目覚まし時計はこうした酷い仕打ちは毎朝のことなのか、ただ沈黙しながらも正確に時を刻むだけだった。  だがそれでは面白くないと考えたのかどうなのか、床の上に転がって天井を睨み付けていた目覚ましの文字盤の上、長針が一つ動いた瞬間、さっきとは比べ物にならない程の大音量でベルが鳴り響く。  「!!」  さすがにその音には眠っていられなかったのか、ギシギシとうるさいベッドに両腕をついて腕立て伏せの要領で起き上がった青年は、辺りをきょろきょろと見回し、断末魔のように鳴り響いた目覚ましを半目で睨み付けた後、がりがりと頭を掻いてベッドに座り込む。  寝起きの悪さは天下一品で、育ての親や姉とも思っているシスターらに呆れられていたが、その癖は未だに健在で、しばらくの間腿に肘をついてただぼうっと、薄汚れた染みの浮いた壁を見つめている。  こんな事をしていては遅刻するとくすんだ金髪の中身が警告を発した為、のろのろとベッドから立ち上がり、トイレの横に申し訳程度に付いてあるシャワーブースへと向かう。  シャワーのコックを捻っても湯がなかなか出てこない為しばらくの間裸でぼうっとしていたが、突如シャワーヘッドが外れるような勢いで湯が流れ出し、その衝撃で目を覚ます。  便器が濡れないようにバスタオルを被せ、更にぼろぼろのシャワーカーテンを吊してあるが、それの意味を失わせる程勢いよくシャワーを浴びて髪を洗い、安物の固形石けんで身体を洗った後、便器の上のタオルでがしがしと身体と髪を拭いていく。
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