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「今日も元気に働くか」
誰に告げるでもなく呟き、ベッドサイドの、ナイトテーブルにもダイニングテーブルにもなるローボードの上に飾られている写真立てに視線を向けた後、担いだ自転車の鍵を取り上げて部屋を出れば、お隣の部屋の住人が同じく出勤の支度をして部屋から出てくる。
「おはよう、じいさん。今から出勤か?」
「誰がじいさんだ。おはようさん、リオン。お前こそ今からか」
「今日は寒くなるらしいぜ。道端で寝転がってくたばるんじゃないぜ」
「言ってろ」
口が悪くてもそれなりに相手を心配している口調でお互いに行って来いの挨拶を交わし、肩に担いだ自転車を揺らしてアパートの狭い階段を下りていく。
「おーい、リオン」
「どうしたー?」
階段の踊り場から呼ばれて振り仰いだ青年、リオン・フーベルト・ケーニヒは、先程のじいさんが紙袋に入った何かを投げて寄越した為、自転車を下ろしてそれを受け取る。
中に入っていたのは、薄切りの黒パンと同じく向こうが透けるような薄さのチーズだった。
「ダンケ、じいさん」
「気をつけてな」
人からすれば朝食とも呼べないそれに有り難いと礼を述べ、リュックに放り込んで自転車に跨る。
「行くかー」
掛け声をかけ、雪が積もって滑る道を器用にクロスバイクで走っていくのだった。
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