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待合室の毛足の長い絨毯の上を歩き、二つ並んだドアの間に置かれたデスクに手袋とマフラー、コートを置いた彼は、彼女が出勤している気配が無い事に首を傾げる。
昨夜いつも通りに診察を終えてここを出る時のセイフティロックは万全だった。
万が一異常な方法でロックが解除されれば一報が入るが、その連絡もなかった。
受付のデスクに手を付き、どういう事だと眉を寄せつつ左の磨りガラスが嵌められた木のドアの違和感に気付く。
診察室には患者のプライバシーに関わるものが溢れているが、それらすべては診察室と繋がった隣室に保管してあり、そこの鍵はウーヴェだけが持っていた。
その為、特に鍵は掛けていないが、真鍮のドアノブに何やら汚れが付着していたのだ。
掃除に入ってくれる業者が来るのはまだ先だった為、違和感の元である汚れを指先で拭えば、ぬるりとした感触が伝わってくる。
「フラウ・リーベント、ここにいるのか?」
問いかけつつドアを押し開き、室内を見回しても女性の姿がない事に溜息を吐き、ドアに手を掛けたまま真正面に置いたデスクを何気なく見遣り、見慣れないものを発見する。
「?」
その見慣れないものは、デスクの足下から顔を覗かせていた為、メガネの奥の双眸を細めて近寄り、飛び込んできた光景に絶句する。
「…っ!!」
デスクと座り心地の良い椅子の間、淡いピンクのスーツを赤黒く変色させたカミラ・リーベントが、恐怖を顔に貼り付けたまま変わり果てた姿で仰向けに倒れていた。
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