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跡を付けられている――――!
そう直感したみねは、気付かれない程度に足を早めた。
目先のブロック塀の角へと回り込み、夕影の中で身を潜める。そして静かに肩から竹刀袋を降ろし、中身を取り出した。
柄を握る掌がじんわりと汗ばむのを感じながらも、深呼吸をして気を落ち着かせる。
神経を研ぎ澄ませ、見えない相手の気配を肌で感じ取る。
先程から黙して後ろを付いて来ていた相手は、確かにこちらへと近付いている……
ここには自分と、相手のみ。
ならばこの角に差し掛かったところで、遠慮なく叩き込むとしよう。
そうして――1秒、2秒、3秒……
角を曲がろうと、人影が差し掛かった。
「てぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
掛け声と共に、振り下ろす竹刀。
相手の脳天に目掛け、絶対に外さない自信があった。
現に命中した――の、だが。
「いったぁ〜〜……酷いなぁもう」
頭を痛そうにさする青年を目の当たりにし、みねは目を丸くした。
「……! 猫町さん!? 何でこんなところに……」
「イテテ……買い出しの帰り途中だよ。たまたまキミを見かけたからさ、声かけて一緒に帰ろうと思ったんだよ」
「それは……大変、失礼致しました」
不審者だと思い込み軽率な行動を取ってしまった。状況が状況とはいえ、もう少し冷静に判断して対処すべきだったとみねは自分を恥じた。
「あはは、良いよ良いよ。俺もすぐに声をかけなかったのは悪かったし」
「どうしてすぐに声をかけて下さらなかったんですか?」
「え? だってみねちゃん、俺のこと“不審者”だって思い込んでたでしょ。それで面白くなっちゃって」
…………前言撤回。
この男は“こういう人間”だったと、みねの罪悪感は一気に怒りと苛立ちに塗り替えられた。
いや、正直人間であるかどうかすら怪しい。
人を毎回おちょくって面白がる、胡散臭いこの男――猫町 染夜は、人を誑かす一種の妖怪なのではないかとさえ思えてくる。
歴史を辿れば妖怪なんて人々の不満などから生まれた夢幻の妄想物であるため、この男が妖怪ではなく正真正銘人間であることに相違はないのだが……
「さ。早く帰ろ、いちが待ってるからさ」
「……ということは、買い出しというのは」
「そ。キミの大好きなお姉ちゃんに頼まれちゃってね。“今日は鍋にするからァ〜”……って、うわぁそんなヒドい顔する? しちゃうの?」
「したくもなりますよ」
自分でも分かるくらい、眉間にシワが寄っている。それほどにまで毎度からかい遊んでくる、この気まぐれな男が大嫌いであった。
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