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まだ肌寒さが残る微風を感じ取りながらも、少し足早にアスファルトの道を歩く。
家から歩いて15分――駅前にあるその店は行き慣れているというのもあり、人だかりが増えても難なく見つけられた。
【喫茶 青猫のピアノ】
レトロチックな木製のドアを開けば、チリリンと鈴のような音が鳴る。
店内に流れる、どこかの映画の曲をカバーしたピアノの音色。
こちらの気配に気付き、対応に向かってくれたのは従業員の1人で顔見知りの仲にある北村という女性だった。
元気良く気さくに挨拶してくれる北村に軽く挨拶し、姉と待ち合わせていることを伝えると、
「あ……あー、了解しました! 席までご案内しますね」
北村らしからぬ曖昧な態度が気になったが、きっと何か意味を咀嚼し切れなかった部分があったんだろうと考え直した。
が、すぐにそれは見当外れであったことを思い知らされた。
「やっほ〜、みねちゃん」
顔の表情筋が、強張るのを感じた。
案内された席にいちはおらず、代わりに何故か今一番会いたくない男がいたからだ。
有無を言わさず、帰ろうと踵を返す。
「あっ、待って待って! この間のこと、ちゃんと謝ろうと思って……いちがこの場を設けてくれたんだ」
「…………お姉ちゃんが、ですか?」
自然と足が止まり、訝しげな眼で振り向けば猫町が無言でうんうんと頷く。
ということは、あの夜のことを知ってしまったのか。
あの時見られなかった運の良さと、それを無駄にしないためにも気を回していた自分の苦労は何だったのか。
怒りはもちろん湧き上がった。許されるならここで剣幕のままに怒鳴り散らしてやりたかった。
しかしここが顔馴染みの店内というのもあってか、はたまた知った上で何故いちはこの場を設けたのか。怒りに任せて相手をなじるよりも、今は逆に冷静になって話を聞きたいという気持ちが湧いて出てきた。
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