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「まかせなさい」
その声を聞いて、全身の力が抜けるようだった。脱力のついでに、自然と笑顔になっていた。一緒に頑張ろうとか、説教じみた建て前を言わない妻でよかった。一方でデスクのパソコンへと姿勢を戻した祥子が「あっ、あっ」とおかしな音を出した。
「これさ」その手には、猫の時刻表を書いたメモ帳が握られている。「時刻表みたいだよね。猫の時刻表」
「みたい、も何も、そのままだよ。猫の時刻表」
「ほんとにこんなにいるの?」
茶トラ、白、斑模様、ベージュ、キジトラ。遠目にメモを眺めながら、出席をとる教師のように窓の外に現れる猫たちを読み上げていった。全部、俺が見た猫たちだ。時間通りにくるやつもいる。神出鬼没なやつもいる。目の前のそこを駅代わりに、しばらく停車するやつもいる。軽快なスピードで通過するやつもいる。色んなやつがいる。
でも、まだ会えていない猫もいるな。と思い出した瞬間だった。窓の外から微かな鈴の音が聞こえた。塀の上には何もいない。思わず祥子と見つめ合う。そして同時にデスクにあるデジタル時計に目をやった。10時32分。
「昨日よりちょっと早いね」
そう言うなり祥子はペンを取り出し、メモに一行を書き加えた。『10:32 鈴の音』ときっと書いている。
「塀にいないってことは、下を歩いてるんだよな」
「そうだね。塀のこっちか、外側か」
「行こう」
え? と驚く祥子の腕をつかんだ。その行動力に、自分でも驚かされた。
「どんな猫なのか、見に行こう」
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