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サンダルが足にフィットしていないのか、祥子の歩幅は細かい。そんな彼女の手を引きながら、マンションの横にある駐車場に来た。車はまばらで、猫は一匹も見当たらない。三車線の国道が近くを走っているため、その騒音があたりの空気に満ち溢れていた。
「もういなくなっちゃったんじゃない?」
祥子がつぶやいたが、諦めきれない。塀の行く先を何度も確認したり、車の下をのぞいてみたり、まだ見ぬ鈴の猫を探した。
信号の都合か、国道からの騒音が収まった。するとまた、鈴の音が聞こえた。
「あっちかも」
鋭く反応したのは祥子だった。駐車場の横にあるT字路へ向かって走り出す。慎重な走り方をして聞き耳を立ててみると、確かに鈴の音に近づいている気がする。騒音に邪魔されながらも、断続的に届く鈴の音を追いかける。
国道に比べれば、住宅街の交通量はゼロに近い。道には近所の住人が数人、出歩いていた。すれ違ったり、追い抜いたり、しばらく歩いていると、祥子が妙なことを言った。
「あの人かも」
目線の先には杖をつく老婆が歩いている。
「誰?」
祥子は人差し指を立てて俺を制すと、その手を耳にあてた。俺もならうと、聞こえてきたのだ。あの鈴の音が。少しだけ近づき、それとなく様子をうかがってみると、杖のグリップ部分に小さな鈴が結び付けられていた。歩みを進めるたび、鈴が鳴ったり鳴らなかったりしている。老婆の横を通過しながらそのことに気付いた俺たちは、思わず走り出した。走りながら、どちらからともなく吹きだし、笑いだした。
「あの鈴かよ」
「勘違い」
呼吸の隙間を利用して、俺たちは言い合った。そしてまた少し笑って、歩きのピッチへと戻した。
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