猫の時刻表

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 キッチンには朝食の準備をする祥子がいて、再放送のように昨日と同じことを繰り返していた。言わば『07:05 寝起きの祥子』だ。しかし祥子の文字を時刻表に見つけたときとは裏腹に、いざ面と向かってみると時刻表の話題を持ち出すこと自体が憚られるような気になる。 「おはよう」  彼女の声はいつも通りだ。でも、身にまとう雰囲気でわかる。やはり、ご機嫌はナナメだ。能天気に時刻表の話を始めたところで、「そんなことより、夜中の仕事はいつまで?」と、いつものやりとりになるに決まっている。負い目というのは、なかなか消えずに根を伸ばしがちなのだ。 「飲む?」  いや、と言ってコーヒーは断った。結婚前、恋人関係ですらなかった頃、初めてプレゼントを用意したときのことを不意に思い出した。デートの最中も、プレゼントをいつ渡すべきか躊躇い続け、喜ばれないかもしれないから渡すのはやめよう、とドタキャンの選択肢すら考えていたっけ。価値観を晒すのは怖い。拒絶されてしまったら、取り返しがつかない。 「ちょっと頭痛するから、もう寝るわ」  と嘘をついて寝室へ向かった。  時刻表のことは、夫婦でわざわざ話題にするほどのことでもない。メモ帳の中で、お互いが目撃した猫を報告するだけのものだ。そう自分を言い聞かせ、それなりに納得したはずだったのだが、そうも言っていられない事態が起こった。
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