猫の時刻表

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 ベッドへ横になるが、ため息ばかりであくびが出ない。こんなときに考え事をするとロクなことがないのは承知しているはずなのに、原稿料を減らされた結果、月の収入がどれだけ減額になるのか計算してしまった。家賃や光熱費、食費などすべての生活費は祥子と折半しているが、その額に足りなくなる可能性がある。  せめて原稿が評価されれば、と記事が掲載されるサイトをスマホで開いてみた。スポーツの欄、俺の書いた記事はどこにもなかった。ついさきほどスポーツ欄は更新されており、これはつまり、原稿がボツになってしまったということだ。  全身が嫌悪感に包まれる。人ごみの中にいるのに、周りの全員に背中を向けられた感覚。見知らぬ街に俺だけ取り残されてしまった感覚。合格発表に俺の受験番号だけが無い。遅れて合流した飲み会がすぐ解散になる。  どうしようもない、孤独。  ネガティブな抽象画を見せられているような時間から解放されたのは、2時間ほどの浅い睡眠から目覚めたときだった。とはいえ起きたものの、苦境から解放されたわけではないことを改めて実感させられる。遮光カーテンの輪郭が光を湛え、全体が膨張しているようだった。  壁を何枚も隔てた向こうから祥子の声がした。電話をしているようで、声音には弾力が感じられる。大きなコンペの結果は喜ばしいものだったようだ。しばらく生活費は彼女に多めの負担をお願いするしかない。  しかし申し訳ないという気持ちは起こらなかった。不思議に思い、今の心境に近い言葉を探った。多分、「羨ましい」が一番近い気がする。好きなことを仕事にできて、きちんと収入が得られて羨ましい。一般的な生活サイクルで羨ましい。出会ったことのない鈴をつけた猫と遭遇できて羨ましい。
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