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干支
僕たちは夜風に吹かれながら寮への道を歩いた。
お店に裸電球がともるこの小さな町の夜は、どこか懐かしく、僕のここでの暮らしの中で最も好きなものの一つだった。
「それにしてもさ。ガーさんの地図がでたらめだったとして、なんでガーさん、あんな嘘をついたのかなって。どう思う?下村さん」
「さあねえ」
「猫を食べるような人は許せないって、言うのかな」
「まさか。違うと思うよ」
道端では、そこここで人々がたむろして話している。
ハノイの夜は長い。
昼の炎暑を避けて、夜、こうして外に出て交流を楽しんでいるのだ。
「あ。下村さん。そうだ。あのさ、干支だよ」
「え?何?」
「ベトナムは、猫、入るよね、干支の中に」
「うん。日本のイノシシの代わりだ」
「大事にされてんだよ、猫」
「ん?」
「だからだよ」
「だからって?」
「いや、ほら、干支に入る動物なんて食べませんよ、って」
下村さんは、ぶふ、と笑った。
「あのさ。深澤さん」
「ん?」
「牛肉、食べるでしょ」
「あ」
「羊、食べるでしょ」
「ああ」
「鶏も、食べるよ」
「だは」
「一瞬にして論破」
結局、猫の店が本当にあったのかどうかは最後までわからなかった。
ガーさんが僕を担いでいたのかどうかも今となってはもうわからない。
真実は僕の届かないベトナムの民の心の中。
僕が分かったのは、ベトナムにいる以上、外国人は決してベトナムの民に勝てないということだけだった。
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