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デュンダッ
ガーさんは、下村さんと同い年の学校の女性事務員だった。
僕たちの学校で日本語も習っていてとても上手。容姿も美しい。
彼女も仕事終わりだったらしかった。そんな彼女を僕たちは席に誘った。
ガーさんは「このみせにはめずらしいたべものがあります」と言って、なじみらしい男の店員になにか伝えると、たしかに珍しいものが皿に載って私たちのテーブルにやってきたのだった。
「ガーさん、これは、なんですか?」
「ニワトリのあかちゃんです。ベイビー」
殻を割った卵の形をしたなにかは、卵そのもののようだけれど、でも、確かに目のようなものが付いている。僕はこれのことは聞いたことがあった。
それは、まぎれもない、孵化寸前の茹でた鶏の卵だったのだ。
「下村さん、どう?」
「私は、駄目」
「じゃ、ガーさん」
「わたしは、たべません」
結局、二つの卵は塩とレモンを付けて僕が食べてしまった。
全体的に卵の黄身のような味。
イメージの抵抗がなければ、食べられる。まずくはない。
「深澤さんは、そういうの平気なんだね」
「うん。大抵、平気」
「ふかさわせんせいは、いままでたくさんりょこうしました」
「はい。先生になる前は、アジアを旅行していました」
「めずらしいどんなたべものをいままでたべましたか?」
「はい。ええと。あ。カエル、食べました。それから、犬」
「がうがう。わたしもたべました」
「はは。串焼き、そこのお店で食べられるよね。固くてあんまりおいしくなかったけど。あとはね、あ、ミミズ食べたよ。食用ミミズ、中国で」
「え?みみず。なんですか?」
「土の中にいる虫です。こうやって、うねうねうね」
「ああ。デュンダッ」
「デュンダッ」
「はい」
下村さんはさっきから気持ち悪そうな顔をして、「333」を飲んでいる。
ゲテモノ食いではないけれど珍しいものに目がない僕は、知らず知らずアジアの旅行中におかしなものを口に入れてきたのだった。
ガーさんはコーラを飲みながら、おかしそうにあでやかに笑った。
「ふかさわせんせい。ねこは、たべましたか?」
「猫?」
「めおめお」
「猫」
「はい」
「猫は、食べたことがありません」
「たべたいですか?」
「食べられるんですか?」
「はい」
「どこで?」
「ちかくにみせがあります。たべたいですか?」
「食べてみたいです」
「はい。ちずをかきます」
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