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ベトナム戦争
思えばこの国は、世界で唯一、戦争でアメリカを相手に勝利を収めた国だったのだ。
1960年代から70年代にかけ、冷戦の代理戦争として行われたベトナム戦争は、アメリカの撤退を機に終結した。
自らの国土でアメリカ兵と対峙した北ベトナムの兵隊たちの戦い方は徹底していた。彼らの戦略はジャングルへおびき寄せての待ち伏せ作戦や、市街地でのテロなど、ゲリラによる心理的な攻撃が主だった。
取っても取っても取り切れないノミのような敵の存在に対し、戦争が長引けば長引くほどアメリカは焦りを募らせていったのだった。
やがてアメリカは、世界的な気運も働いてベトナムから撤退せざるを得なくなった。かくして、ベトナムは世界一の大国との戦争に勝利し、社会主義国としてのスタートを切った。
このことは、時間と地の利を存分に生かせば、この国の国民には何も怖いものはないということの証明に他ならなかったのだ。
「したたか。この国の人たちはとにかく、したたか。絶対に負けない。深澤さん、そう思わない?」
「うん。思う」
「普段はにこにこ笑ってるのにね」
「うん。柳みたいだよ。打ってもパンチが効かないイメージ」
「戦い方はゲリラ」
「ああ。ゲリラ」
「何か企んでばれてもね、必ず、逃げ場を用意してある」
「うん」
「ジャングルでの攻撃みたい。ちょっと撃つとすぐ地下通路に逃げ込む」
「そうだね」
「文句が言えないんだよ」
「うん」
「毎回、進級テストの度に、あらかじめ解答が学生に回るよね」
「あれは、事務長がやってんだって?事務長のバンさん」
「そう。金庫に入れたものを出せるのはバンさんだけ」
「でも、知らないって言ってる」
「うん。だから、こないだはそうさせないってね、校長が封筒に入れて封をして渡したけど」
「やっぱり解答は出回った」
「封筒ののりしろを上手にカッターで切ったんだろうって。でも、元に戻してあるから、実際どうだかわからない。証拠がない」
そんな解決できない問題を二人で沢山話して、つい飲みすぎた。
下村さんと僕は、チェックを頼み、勘定を済ませて店を出ようとした。
「あれ?」
下村さんがレシートを見て首を傾げた。
「どうしたの?」
「深澤さん。これ、勘定がおかしい」
「そう?」
「うん。二人で5万ドンになるわけないよ」
「ええと。あ。僕の頼んだのはビアホイだ。「333」じゃない」
「そっか。その差額が間違ってる」
僕がそのことを店の痩せた女主人に訴えると。
「ソーリー」
そう一言言って、彼女は悪びれもせず即座に新しいレシートを書いたのだった。
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