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3 その猫の品格
私は、仕事があるので毎日ミーちゃんの仏壇前の儀式を見られないが、母に聞くとやはり決まった時間同じ事をしているとの事だった。
「あれは絶対、神様に祈りをささげているんだよ。ありがたい事だよ。ミーちゃんは何か違うね。気品を感じるわ」
神に祈ってるかどうかはわからないけど、気品があるって言うのは、何となくわかるような気がする。ミーちゃんからは、獣の荒々しさを感じないのだ。
ミーちゃんから噛まれたり引っ掻かれたりした事は一度もなかった。
やはりミーちゃんの来世は人間なのだろうか、などとマジで思うようになって来た。
母は、やる事なす事思い立ったが吉日で、いきなり私に言った。
「きょう、ミーちゃん、避妊手術してもらったから」
「え? そ、そうね。それって大事よね。でも、おかあさんする事早いね」
「あたりまえよ。この辺の他の猫もちゃんとしといて欲しいわ」
確かに、その後も母はこの辺りの雌猫の避妊手術をしている。もちろん自腹だ。他の家の飼い猫でもあるのに、さっさと病院に連れて行ってしまう。しかし飼い主から文句を言われた事は一度もなかった。それどころかお礼を言われるくらいだった。
そんなある日、ミーちゃんの野性を垣間見る出来事があった。
我が家は、県道から少しばかり山に向かって上った所で、ほどほどの自然がある。当然、あまりうれしくない虫やら獣やらが跋扈している。
その中で、マムシという蛇をよく家の周りで見かける。毒のある蛇で、銭形の紋があり三角の顔をしているのですぐわかる。さほど大きくはなく向こうから襲ってくると言う事はない。しかし、知らずにふみつけたり、脅かしたりすると噛まれたりする事がある。致死率はさほど高くないとされるがそれは適切な処置を受けたうえでの事で、やはり噛まれて死亡する場合もある。
私も家の周りでよくマムシを見かけるが、たいていは、避けて通ったりなるべく刺激をしないようにして、大事に至った事は一度もない。
そんなマムシがある日、我が家の駐車場に居座っていた。
じっとしているとはいえ気持ちのいいものではない。
その時だった。
疾風のごとくミーちゃんが現れマムシにアタックして行ったのだ。
「ミーちゃん! だめ! その蛇は、噛まれるとヤバいよ」
私は、叫んだが、ミーちゃんは、果敢に猫パンチを食らわせた。
もちろんマムシもそこまでされたら鎌首をもたげるが、その瞬間ミーちゃんは、マムシの頭部に噛みつき、引きずっていずことなく走り去って行った。
「ミーちゃん……」
そのあとミーちゃんがどこへ行ったかはわからないが、噛まれたりしていないだろうかという事だけが心配だった。
その夜、何事もなくミーちゃんは我が家に戻って来た。
この事があってから、私のミーちゃんを見る目が変わった。
ミーちゃんは、我が家の守り神だ。
猫としての本能ではあろうが命を賭してマムシから我が家を守ってくれたんだ。
そうとしか思えない光景だった。いや、そう信じた。
そんな事があって、私は、事あるごとに守り神ミーちゃんに話しかけた。
仕事の事、友だちの事、彼氏の事。私は、ミーちゃんを膝に抱いて、思いを語った。もちろんミーちゃんが答えてくれる事はないが、私が話している間ずっと膝の上にいてくれる。私もそれだけでよかった。ミーちゃんの毛の感触、暖かさを膝に感じているだけで心は軽くなった。気心の知れた友人がそこにいてくれる。そんな一時だった。
「やっぱり君は、人間に近いのかなあ……」
問いかけてみるも、ミーちゃんは私の膝の上で頭を私の手にのせて目をつぶっているだけだった。
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