無くなったはずの指が

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林 ――無くなったはずの指が、見つかった。   小学校卒業のときにみんなで埋めたタイムカプセルの中から。   あー、誰だよ。こんなところに隠した奴は。   あいつの死体は、学校の裏山に埋めたまま、   まだ見つかっていないっていうのにさぁ。   早いとこ、この小指を隠した犯人を見つけて黙らせないと…。 ***************************** (小学校の校庭。遠くで戦闘機の飛んでいる音が聞こえる。  スコップで校庭の隅を掘り起こしている林と牧。歳は四十代) 牧 なぁ、やっちゃん、そっちは見つかったー? 林 大当たり。ほら、受け取れ、マッキー。 (林がタイムカプセルの箱の中から小指を放り投げる) 牧 え?うわ、ぎゃーっ!何?これ指?物騒! 林 ははは。よく見てみろよ、あいつの指だぜ。それ。 牧 げっ、ホントだ。   三十年前に埋めたタイムカプセルの中に   あいつの指が入っているって、一体どういうことだよ。 林 あぁ。ホントに、とんだ宝探しだよ…ははは。 (満足そうに額の汗をぬぐう林。  遠くで空襲警報が鳴り、空爆の音が響く) 林 ――俺と、マッキーとイズミンの三人は、小学校の同級生だった。   毎日つるんでは、いつもバカなことをやっていた。   あれは、まだこの戦争が始まる前…   小学校卒業のタイムカプセルを埋めるイベントの時だ。    (校内。小学六年生の三人) 泉 すごいよなあ。タイムカプセルって、未来に行けるんでしょ? 林 バーカ、イズミン。それを言うなら、タイムマシンだ。 泉 過去から未来へ宝物を届けるんだから、似たようなもんじゃん。 牧 違うって。   タイムカプセルは、俺たちより先の未来には行けないの。 林 ほら、泉、早くしないと置いていくぞ!  (バタバタと階段を駆け下りる) 林 ――そう言って笑っていた日から、三十年余り。   その間に、国同士の小競り合いから始まった戦争が、   あっという間に激化していった。   画面の向こう側にあった世界が、目の前に差し迫ってくる現実。   それまで当たり前だった日常は、消えていた。   校庭に埋めたタイムカプセルのことなんて、   この何十年も、思い出す余裕なんかなかった。  (タイムマシンの研究室。電子音やモーター音が静かに響く。   四十代の三人) 泉 はー!やっぱり、僕たち、すごいよなあ。   あれから、とうとう自分たちでタイムマシンを   作っちゃったんだもんなぁ。 牧 予算も材料も無くて、ギリギリ一人用だけどな。 泉 ねぇ、やっぱり、これ、変形合体とか、しない? 牧 するわけないだろ! 泉 うん、まぁ、それでも、すごいよ。   これで過去に行けるんだから。 牧 そりゃあ、タイムマシンだからな。   …計算上では、俺たちが小学生だったあの頃…   この戦争が始まる直前まで戻れるはずだ。 泉 んじゃ、早速、タイムマシンに乗って、   僕がちょちょいと戦争を止めてくるわ。 林 おい、まて。イズミン、おまえバカだろ。   もし過去に飛べても、戦争を止められるかなんてわからないし、   またこの同じ時代に帰ってこれるかどうかもわからない。 泉 そんなの、言われなくてもわかってるよ。   今までだって、散々その話はしてきたじゃん。 牧 ハイリスクすぎる。やっぱり、この計画は中止にしよう。 泉 えぇ?マッキー、ここまできて、本気で言ってるのか? 林 いや、俺もマッキーに賛成。 泉 やっちゃんまで、そんなこと言うの? 林 過去を変えたら、そこから世界線が変わってしまう。   それにイズミンが過去を変えたって、俺たちにわかる術もない。   こんなタイムマシンを作ったところで、俺たちは…。 泉 ははっ、僕たちは、タイムマシンを現実のものにしたんだぞ。   ネコ型ロボットや、鉄腕ロボットの博士の力も借りずに、だ。 林 でも、せっかくここまで三人で生きのびてきたんじゃないか。 泉 …正義の味方なんか待ってても、助けに来やしない。   だったら、自分たちの力で何とかしなきゃ。 林 …。 泉 …ねぇ、覚えてる?   小学生の頃、理科室の人体模型を壊したことがあったじゃん。 林 あぁ…掃除の時間にふざけて、ぶつかって…   模型の内臓が飛び出て、ぐちゃぐちゃになって。 牧 必死でかき集めて戻そうとしたけど、   なぜか最後まで小指だけが見つからなくて。 林 結局、壊したのがばれるのが怖くなって、   三人で裏山に運んで、人体模型を埋めたんだったよな。   あれは、死体遺棄なのか…不法投棄扱いかな? 牧 まぁ、バレなかったからもう、時効でしょ。   これは俺たち三人の秘密だって、約束したよな。 林 あの頃は、こんな未来が待ってるだなんて、考えてもみなかった。   ずっと、昨日までと変わらない日常が続くと信じて   小学校を卒業したんだよな。   でも、なんで今、そんな昔話をするんだよ。   …あ、イズミン!  (二人が話し込んでる隙に、泉がタイムマシンに乗り込んでいる) 泉 じゃあ、僕がタイムマシンでここを出発したら、   小学校の校庭に埋めた、あのタイムカプセルを掘り返してくれる?   後の未来は、やっちゃんとマッキーに頼んだからねー。  (タイムマシンが作動する) 牧 えっ、マジで? 林 自由すぎるだろ、イズミン…。  (小学校の校庭。※最初の校庭を掘り返している場面の続き) 林 ――現代に残された俺とマッキーは、三十年前の記憶を頼りに、   小学校の校庭の隅を掘っていた。   必死で探したタイムカプセルの中には、あの日、   どんなに探しても見つからなかった人体模型の小指が入っていた。 牧 なぁ、この指ってさ…。 林 あぁ。俺たちのタイムマシンは成功した、ってことだよな。   イズミンは三十年前の過去に飛び、俺たちが人体模型を壊す前に、   この小指を手に入れ、タイムカプセルに埋めたんだ。 牧 どうりであの時、理科室を探しても   人体模型の小指が無かったわけだね。   それにしても、なんていう手間のかかることを。 林 まぁ確かに、俺達三人しか知らない秘密だからな。   …でも、今、俺たちが、この指の記憶があるってことは、   どういうことなんだ?   この世界線は、もう今までの過去とは、   違う未来に繋がっているのか?   これは…幸せな未来なんだろうか。それとも…。  (相変わらず鳴り響く空襲の音) *****************************  (小学校の校庭、戦争のない世界線。五十代の泉) 泉 ――今日は小学校の同窓会。   十年ぶりに顔をそろえた同級生たちは、   校庭の隅に埋めたタイムカプセルを掘り出そうとしている。   卒業後、あわや世界大戦の勃発かと騒がれた時期もあったけど、   なんだかんだ、こうして相変わらず平和な毎日が続いているのは   素晴らしい奇跡だと思う。  (二十代の男女数人が集まって、ざわめいている。   泉は離れた校舎の影に身を潜めて眺めている) 林 おー!これだ!あったぞ、タイムカプセル! 牧 早く開けようぜ。ふふ、何入れたんだったかなぁ。  (缶の蓋をあける) 泉 ――蓋をあけると、中に入っているのは…   そう、僕たち三人が裏山に埋めた人体模型の小指だよ。   やっちゃんは「なぜ、これがこんなところに?   これは、俺達の秘密だったはずなのに」…って、顔だな。   キョロキョロしちゃって、早速、犯人を捜すつもりなのか。   マッキーは…ぽかんと口が開いちゃって…ふふふ…   そう。これは僕たちが夢見てた、未来だ。   僕達は、ようやく平和な未来を手にすることができたんだ。 泉 ――結論から言うと、僕たちの作ったタイムマシンは、   過去に飛ぶことしかできなかった。   …戦争は無事に止めることができたが、   僕が元の世界に戻ることは、叶わなかった。   そう、タイムマシンを一緒に作ったあの世界線の   やっちゃんとマッキーには、僕はもう会うことはできない。   今、クラスメイト達と一緒にタイムカプセルを開けた彼らは、   戦争のない世界線に生きる二十代。   僕は未来から来た、ただの五十歳を超えたおっさんだ。   …あの戦争を未然に防いでから十年。   今日は、二人の楽しそうな顔が見れてよかった。  (校舎の影から同窓会を見守ったあと、背を向けて立ち去る)  (タイムマシンが現れ、着陸する) 牧 …すごいよな。「タイムカプセルって、未来に行ける」んだろ? 林 バカだな、それを言うならタイムマシンだ。 泉 …まさか…やっちゃん?マッキーも…どうやって、ここに…。 牧 ははは。この世界線特定するの大変だったんだぞ。   イズミンも歴史から名を消すように、隠れて生きてるしさ。   でも、イズミンのことだから、絶対、戦争を止めたあと、   小学校の同窓会には来てるだろうって、やっちゃんが。 泉 えぇぇっ。 林 イズミン、おまえ悪趣味だな。   タイムカプセルに人体模型の小指を入れておくなんて、   指切りげんまんのつもりか? 泉 は…ははは…おまえら、老けたなー! 牧 十年ぶりに出会って、一言めが、それかよ! 林 ほら、約束通り、迷子野郎を迎えに来てやったぞ。   今度は、ちゃんと三人乗りだ。帰ろう、俺達の未来へ。 泉 ――未来から届いたタイムカプセルの中に入っていたのは、   僕の大切な友達だった。
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