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毎日家の庭にやってくる猫がいた。近づくと逃げるし、僕にも捕まえようと思う気持ちはないのだけど、腹をすかせているかもとコンビニに立ち寄った時に猫の餌を買って持ち帰った。
鋭い目つきの細身の錆び猫だった。猫が家を訪ねてくるようになって、一週間後。それから餌を食べ始めるようになって二日後。猫は僕に向かってこう言った。
「ここに住んでいたおばあさんのお孫さん。おばあさんは事故で亡くなったのではありません。殺されたのです」
猫が喋っているとは最初は気づかず、周りをきょろきょろと見ていると、いつの間にか、縁側に錆び猫が乗り上げて、僕の隣に座った。
「なにを物珍しそうに。私はあなたに話しかけているのです。しかし、私達はむやみやたらと人間に声をかけてはいけない性質です。あなたに話しかけるのも普通なら危ないこと。されど、あなたは物が話せず、人との意思疎通もあまりしない。ここ数日、あなたのことを他の猫の手も借りて調べた結果、私は話すことにしました」
確かに僕は声を出せなくなって数年は経つ。こんな僕がいきなり周りの人間に「猫が喋った」と書いた紙を掲げてみせたとしても失笑ものだ。
「ここの家のおばあさんは我々猫に優しく食料を与え、家に招き入れてくれました。しかし、庭で子猫が三匹、母猫を待っている間におばあさんは残虐な輩に殺されてしまったのです。三匹は子猫のため、目撃者としての役目を果たせるかどうかは分かりませんが、どうか、犯人に報いを」
僕は錆び猫の言葉に頷いた。錆び猫が僕が孫だと知っているのは、僕が数人の孫のうちでもっとも祖母と連絡をとっていたからだろう。僕も祖母の死因には引っかかりを覚えていた。
子猫三匹を連れてきてもらって、証言を聞く。
白色の子猫曰く「大きな大きな人間だった」
黒色の子猫曰く「血のように真っ赤が背中をしていた」
黒と白の子猫曰く「素早くおばあさんのことを突き飛ばした」
僕はしばらく悩んでから、犯人の元に行くことにした。隣の家の沖野さんというお宅だ。子どもが一人に若い夫婦のいる三人家族。沖野さんは祖母とも仲良くしていて、僕のことも知っていたので、「お邪魔してもよろしいですか?」と書いたメモ帳を見せると快く家にあげてくれた。
おやつの時間ということで出してくれたオレンジジュースに手をつけないまま、僕はテーブルの向かいに座っていた小学生の女の子に紙を見せた。
『隣の家のおばあちゃんにたいあたりした?』
女の子の顔はみるみるうちに青ざめたと思うと泣き出してしまい「ごめんなさい」とその場で謝りだした。いきなりのことに少女の両親も慌てて子どもに駆け寄ると、テーブルの上に置かれた僕のメモ帳を見て、一瞬顔を赤くし、しかし「ごめんなさい」と謝る我が子を見て、顔を青くした。
「ま、まさか、そんな」
「嘘よね? いったいなにがあったの?」
殺したのではなく事故だった。
その子はよくおばあさんの家に遊びに来ていたのだが、あの日は遊びにきた時に座布団で足を滑らせて、おばあさんに体当たりしてしまった。そして、おばあさんは倒れたテーブルの角に頭をぶつけた。それが怖くなって、黙って家に帰ってきたのだ。
両親はどうすればいいのかとずっと悩んでいたが、このまま隠し通すのと、警察に全てを話すのと、どちらが子どものためかと考えて、警察署に行って全てを話すと言ってくれた。幸い、事故だったため、事件にはならなかった。
錆猫に顛末を話すと彼は少し不服そうだった。他の猫たちは字が読めないが、彼は文字が読めるため意思疎通ができたのだ。
「まったくもって不可思議です。殺すつもりはなかったのだとしても、殺したのは変わりないでしょうに」
噂にはならなかったが、親子は引っ越していった。その方が子どももトラウマを思い出さないだろうと思ったらしい。
願わくば、子どもが大人になっても一生、この土地に帰らないことを願う。
僕は猫たちが話をしていたのを聞いたのだ。
犯人は八つ裂きにして、喰らってやろうと言っていたのを。
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