鉄平と雪翔

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鉄平と雪翔

 キーン、コーン  四限目の終わりを告げるチャイムと共に、教室は一気に活気付いた。 「おっしゃあ、腹減ったあ」 「外で飯食わねえ?」 「いいね。ついでに購買も行こうぜ」  弁当を手にわいわいと教室を出る男子生徒たち。その中には鉄平と雪翔の姿もあった。  明るく人気者の雪翔と、寡黙で不器用な鉄平。二人の交際をクラスメイトたちはそっと見守った。雪翔と一緒に過ごすうちに、鉄平の本来の人柄が明らかになっていく。優しくて正義感が強く、本当は甘えたがりだということも。鉄平に対する周囲の誤解は次第に解けていった。 「俺は喧嘩なんてしてない、高校生に絡まれてる子を助けただけだよ。俺、弱い者虐めだけは絶対に許せなくて」  噂の真相を知りたがる友人たちに、鉄平はそう語った。それからというもの、これまで敬遠されていたのが一変、今ではたくさんの友人に囲まれて過ごしている。  中庭でそれぞれ弁当や買ってきたパンを広げる。弁当だけでは足りない鉄平は今日もクリームチーズサンドを買っていた。雪翔の手にはピーナツコッペ。 「お前らいっつもそればっかじゃね、飽きねえの?」 「ここのピーナツコッペは粒入りなの。美味しいよ、食べてみる?」 「美味そうだけど、猫宮が怖えからやめとく」  齧り掛けのピーナツコッペを差し出そうとする雪翔の手を、鉄平が静かに阻む。雪翔は鉄平を振り返った。  鉄平の膝の上。ここは雪翔の定位置だ。鉄平は雪翔の唇の端に残っているクリームに気付くと、徐に指で拭ってペロリと舐めた。 「うおおおっ」 「見せつけてんじゃねえよっ」  友人たちはヒューっと声を上げて囃し立てた。雪翔は「ふふっ」と声を上げて笑い、鉄平はそんな雪翔を後ろからそっと抱き締める。  ちょうど廊下を通りかかった庸治の耳に、中庭で騒ぐ生徒たちの声が届いた。数人の男子生徒の中心で鉄平が雪翔を膝に乗せているのが見えて、思わず笑みが漏れた。 「一年生の、猫宮くんと雀部くん、か」  校長室に戻ると、庸治はデスクの上に飾った数枚の写真の中から一枚を手に取り、懐かしそうに眺めた。古ぼけた写真の中で子猫と子雀が仲良く寄り添っている。  まだ教師になる前だった。恋人との関係を反対されて家を飛び出した日。泣くための場所を探して彷徨い、ふと立ち寄った公園の片隅で出会った二つの小さな命。互いに寄り添い懸命に生きようとする一匹と一羽にどれだけ励まされ、どれだけ癒されたことか。  庸治は小さく息を吐くと、手に取ったその写真をそっと鞄の中にしまった。 「輪廻転生って信じるかい?」  静かな部屋に庸治の穏やかな声。 「今年は面白い子たちが入学してきたよ。なんだかね、あのテツとユキにそっくりなんだ」  帰宅後。庸治は小さな仏壇に持ち帰った古い写真を飾った。十八歳年上の恋人は、大病もせず、去年静かに息を引き取ったばかりだった。庸治自身も今年で定年退職を迎える年齢となっている。 「もしも生まれ変われるのなら、僕たちもまた巡り合えるかもしれない。いや、そもそもの出会いが前世からの縁だったのかもしれないね」  庸治の恋人もまた教師だった。学問の師であり、人生の師であった。彼に憧れて自身も教師を志した。男同士の恋。家族からも世間からも認められず、駆け落ち同然でずっと二人で生きてきた。苦労はしたが、幸せだった。 「来世は……今度僕たちが巡り合う頃には、きっと今よりももっと暮らしやすい社会になっているはずだ」  同性間の恋愛もひと頃よりはずっと理解されるようになった。障碍はまだある。それでも。友人に祝福され、青春を謳歌する少年たちを見てはつくづくいい時代になったものだと思う。 ――久し振りにあの公園へ行ってみよう。あの子たちの好きだったのは確かチーズとピーナツだったか。  可哀そうな最期を迎えたテツとユキの姿は、四十年が過ぎようとする今でもはっきりと思い出すことができる。二人の少年が本当にテツとユキの生まれ変わりなのかどうかは定かではない。それでも、庸治は少年たちの幸せを願わずにはいられなかった。  庸治はそっと手を合わせた。そして、少年たちの未来へ、自分たちの来世へ思いを馳せ、希望に満ちた目で遺影の中の恋人を見つめた。  鉄平と雪翔は今日も公園にいた。小さな公園。ここは入学式の日に二人が溢れる想いを伝えあった場所。そして。かつて、まだほんの小さな子猫と子雀が肩を寄せ合い懸命に生きていた場所だ。 「あれえ? ピーナツみーっけ」  茂みを覗き込んだ雪翔の弾んだ声に鉄平は慌てた。 「拾って食うなよ? ユキ?」  雪翔は一瞬だけきょとんと首を傾げると。 「もう、そんなことしないって」  怒って頬を膨らませてみせた。鉄平が笑いながら雪翔の隣へ並ぶ。 「見て、チーズもあるよ。お供えしてあるみたい」 「本当だ、誰だろう?」  葉っぱのお皿に並べられた数粒のチーズとピーナツ。見つめる二人の間を優しい風が吹き抜ける。何だかほわんと心が温かくなって、嬉しくなって。鉄平と雪翔は顔を見合わせ、どちらからともなく笑いだす。声を上げて笑いながら、二人はじゃれ合い追いかけ合った。  鉄平が甘える。喉を鳴らす子猫のように。  雪翔が屈託なく笑う。さえずる子雀ように。 「大好きだよ、ユキ」 「僕もだよ。テツ、大好き」  鉄平と雪翔は抱き合い、互いに顔を寄せ合った。 了
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