ひかるの追跡

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一定のペースを崩さず平均の1.2倍程度のスピードで進んでいく藤谷さんと、それを付かず離れず追跡する真珠ちゃんに、厚底で歩きにくいなか遅れないようにするのがやっとで、ひかるはむしろ見失う事を願った。 藤谷さんが辿るルートに、真珠ちゃんがふと気付いた。 「榴岡(つつじがおか)公園のほうに向かってない?」 真珠ちゃんの予想通り、藤谷さんは少しペースを落として、公園北側入り口から中に入っていった。 ひかるはそろそろ足が限界だったので、藤谷さんがどうやら目的地にたどり着いてくれたことにホッとした。 欅に囲まれた広場にはほぼ誰もおらず、藤谷さんは伸び伸びとスキップを踏んだりしながら広場の真ん中まで行き、しゃがんで何やら準備を始めた。 「何してるんだろ?携帯を地面に置いてる?」 欅の陰から様子を窺っていた視力の良い真珠ちゃんが言い、ひかるは左目を細めて藤谷さんを見た。 携帯をインカメにして写りを確認しているようだ。 「tiktokでも撮る気かな?」とひかるが呟くように言うと、「かもしれないね」と真珠ちゃんが曖昧なトーンで返した。 セッティングを完了して藤谷さんは満足そうに頷き、カメラの前で妙なダンスを始めた。 ヨガのようであり、太極拳のようであり、ただの変人のようでもある。 「藤谷さん、一人で新しいギャグでも考えてるのかな?」 真珠ちゃんはそう予想したけど、ひかるは明確に理由を説明できないながらも、確信を以て違うとわかった。藤谷さんは何か理解し難いことを始めようとしている。 「あ、メントスコーラ。古っ」 藤谷さんは真珠ちゃんに陰からこっそりツッコミまれているのも露知らず、よく見るとカタカナで「アリアナグランデ」と刺繍されたリュックから取り出した1.5リットルのペットボトルのコーラと未開封のメントスを、カメラの前にセッティングした。 「……何か、さっきから変じゃない?」 ひかるは違和感を素直に口にした。藤谷さんの奇っ怪な行動に目を奪われていたが、周りを見ると妙に静かだ。 公園の木々から見える国道には、車も通行人もいるが……。 「え?なんか……みんな止まってる?」 真珠ちゃんも違和感に気付いた。彼女の言う通り、道路を走る車、ベビーカーを押してて歩く母親。電線から飛び立とうとする鳩の群れ。全てが動画を一時停止したように動きの途中で静止している。 「おおおりゃぁあぁあーーーーーーーー」 藤谷さんがハンマー投げをするオリンピック選手のような雄叫びを上げ、メントスをコーラの飲み口に流し込む。結構な数のメントスを地面に落としてしまっているが、本人は気にしていない。 中から二酸化炭素がいよいよ一気に噴き出してくる!という状態を待たずして、藤谷さんは突如、遊具のほうへ駆け出していった。 ひかるも真珠ちゃんも、藤谷さんとペットボトルのどちらを注視すればいいのか分からなくなり、遊具のチェーンをひっ掴んでガシャガシャと狂ったように揺らす藤谷さんと、ドクドクと脈打つように溢れ出すメントスコーラというシュールな光景から目が離せなくなった。 「なんかよく分からないけど、ここにいちゃいけない気がする!」 ひかるが言うと、真珠ちゃんもこちらをみてコクコクと頷き、ふたりでその場を離れようとした。 が、できなかった。 何者かに両足首をガッと捕まれ、二人とも悲鳴を上げる間もなく、土の下に一気に引きずり込まれてしまったから。
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