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無人の道を藤谷さんについて歩く。道すがら建物の窓からウサギ人間たちがチラチラとこちらを窺っていて、逆動物園のような気持ちになる。
「あそこだ」
藤谷さんが指差す先に、他の建物よりひときわ高い、教会にも神社にも見える建物がそそりたっていた。
「判事はあの中。あたいは入れない。二人で行くんだ」
先導していた藤谷さんが、不規則な刻印が打たれた石扉の前で言った。
ひかるが緊張で立ち止まり、真珠ちゃんが周囲に目を配る。
「後ろめたいことが無ければ、判事は罰を与えたりしない」
藤谷さんがひかるたちの後ろに回り込み、背中をつついて扉の前に立たせた。
「……まァた地上人を連れてきたな、藤谷ィ」
どこから見ているのか、扉の上にある通気孔のような穴から、男性の裏声のような声が響いてきた。
「スミマセン、モンゲーにつけられてしまいました」
「前もそう言ってただの豆腐売りを連れてきてたよなァ」
「前とは違います。女2人です」
「2人ィ?『道』は自分以外1人ぶんしか使うなって基本忘れたかァ」
「あ、緊急事態だったので…」
「法律なめてんのかテメぇ。その2人の前に裁いてやろうかァ?」
「…………」
声に詰められ、藤谷さんは表情を変えず黙っている。恐れているようだが、ウサギの表情はいまいちわかりづらく、感情が判別できない。
石扉が斜め四方向にスライドするようにゴリゴリと開き、声が命じた。
「そこの2人、入れ。拒否すればマントルに放り出す」
入りたくないのは当然だが、他に選択肢も逃げ場所もなかったので、2人で肩を寄せあい、恐る恐る建物のなかに足を踏み入れていった。
青白く発光するキノコが照らす、ブロックを不規則に積み重ねたような通路を手探りで辿っていくと、円形のホールに出た。
「わぁ………」
ひかるとも真珠ちゃんとも取れないため息が出た。
石のドーム天井の下、リング状の水路が幾重にも連なっており、パステルカラーの花々が地下庭園を彩っている。
「そのまま橋を渡ってこっちへ来い」
円の中心に建つ穴だらけの筒状の柱から声がし、ひかる達が橋を渡って慎重に柱のなかに入る。誰もいない。
「上だ!」
「わあっ!キモッ!」
見上げるなり真珠ちゃんが青ざめた。大人の背丈ほどあるコウモリ人間が真上からぶら下がって、こちらを睨み付けている。
「オレが『判事』だッ!この世界でお前らを断罪する権限を持っているッ!」
ホールに声が響き渡ると、周囲の庭園の草花の下から体長3cm程度のハサミムシがざわざわと大量に溢れだした。
生理的嫌悪感で全身に鳥肌が立つも、そのまま失神しなかったのは、その全てが透明で一見ガラス細工に見えたから。
すると、真珠ちゃんがひかるの背中を支えるように寄り添い、耳打ちした。
「(私、モンゲーなの)」
「(?!)」
「(でもひかるちゃんみたいな目を持ってないから、ここに来るために利用させてもらったの。ごめんね)」
ひかるは、真珠ちゃんの突然の告白に面食らった。そもそもモンゲーとは?
「お前らにききたいことは1つ!モンゲーかそうでないか!答えなければ虫がお前らを細胞一つ残さずに食いつくすッ!」
コウモリ人間が叫び、虫に群がられ全身を食い殺される自分を想像して立ちくらみを起こしそうになる。
「(あのコウモリは偽物。本体は別にある。私には無理だけど、ひかるちゃんなら探せる)」
「(急に言われても……)」
360°わらわらと虫の絨毯が迫り、頭上には恐ろしいコウモリ顔。しかもどうやら彼らが敵視しているモンゲーとやらはすぐ隣りにいる。
この状況で落ちついて何かを探すなんて無理。でもやらないとうちらは骨だけになる。
ひかるは眼帯を外し、右目でコウモリ人間を見た。
「あ、れ……?」
そこには何もいなかった。ドームはピンク色の洞窟で、周りには虫の大群もない。
「これは………。あ、あれ何………?」
足元の前方に小さなもふもふした生き物がいた。本物を見たことはなかったが、恐らくモグラだ。
「真珠ちゃん、モグラがいる。ひかるたちの足元から2mぐらいのとこ」
「ぬっ!?」
モグラが驚愕のリアクションをし、真珠ちゃんが「了解!」と、服の袖口に仕込んでいた黒い網を投げてスイッチを押すと、バチバチッと電流が流れ、網の下でもがいていたモグラがひっくり返った。
「え?え?え?」
直後、地面が震度6強レベルの大揺れを始め、ひかるも真珠ちゃんも立っていられなくなった。
地面を這いながら藤谷さんが入り口のほうからやって来て声を張る。
「なな、何があった!?」
真珠ちゃんが網から回収したモグラを右手で掲げて見せた。
「捕まえた!私の勝ちよ!」
「ああっドチクショウ!騙されたっ!」
藤谷さんが悔しがりながら、白い粒を2つ空中に放り投げた。メントスだ。
どこからともなく人間大の透明なクモ二匹が尻から糸をスイングさせてメントスを空中キャッチし、その勢いのままひかると真珠ちゃんを掴んで引っ張り上げた。
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