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一時間後、玄関のドアが開く音がして、俺は母がまだキッチンで夕食を作っていることを確認して、路紗を出迎えた。
「路紗、今のうち! お母さんが見てないうちに服着替えて!」
しかし、帰ってきた路紗は明らかに様子が可笑しかった。ぐったりした様子で、まるで俺のことなど目に入らないかのようだった。
虚ろな眼で遠くを見るようにして、身体を引き摺るようにして階段を上っていく。そして心配してついてきた俺に、何も言わずに部屋のドアを閉めて、ノックをしても返事はなかった。
──あいつが美少年好きのエッチな大人だったらどうすんの?
自分で言った台詞が、思い起こされる。まさか、田沼に何か──。
「あら? 凛々いつの間に帰ってきたの? ただいまも言わないで」
路紗の部屋の前に立っている俺を見つけて、母が不思議そうに声を掛ける。
「ご、ごめん! ただいま!」
「おかえり。夕飯できたわよ。路紗は?」
──いや。多分失恋したとかでショックを受けているだけだ。怠そうだったのは、田沼から猛練習させられたからだろう。そうに決まってる。田沼を悪人だと決めつけて考え過ぎだ。
「呼んだけど、出てこない」
「疲れて寝ちゃってるのかもね。後でまたお母さんが起こすから、先に食べましょ」
後ろ髪を引かれる想いで、俺は路紗の部屋の前を離れた。その日から、路紗が部屋から出てこなくなるなんて思わずに。
両親は何でなのか分からないといった様子で戸惑っていたけれど、俺は「まさか」を何度も考えていた。その度に、証拠があるわけではないし、原因も田沼じゃないかもしれないと否定した。
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