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涙が止まらない路紗の頭を撫でた。きっと初めて恋心を抱いた相手を否定されて傷付いたのだ。
他人を疑うことを知らない、傷付きやすくて、純粋無垢な美しいひと。俺はこの路紗の淡い恋が、どうか素晴らしい結末を迎えるようにと祈った。しかし、俺以外の全ての人の認識が間違っていたのだと気付いたのは、全てのことが終わって三年経った後のことだった。
「田沼先生、一ヶ月半、僕達にフォームから丁寧に教えて頂きありがとうございました!」
ついに夏休み最後のスイミングスクールの日。授業の後、短期バイトの田沼が居なくなるので、コーチから頼まれて俺が代表してお別れの言葉を言うことになった。
「先生から教えてもらったお陰で、僕もとても速く泳げるようになりました。もっとたくさん教わりたかったのに残念です。僕達はこれからも田沼先生に教えてもらったことを忘れずに、頑張りたいと思います。ありがとうございました」
心にもないことがほとんどの形式ばった言葉だった。自分を偽るのも、口先だけの言葉をそれらしく言って取り繕うのも得意だったので、お別れの言葉は面倒だったし、寧ろ田沼が居なくなってせいせいすると思っていたけれど、難なくその場をやり過ごすことができた。と、思った。
「ありがとう! 皆のことは忘れないよ。これからこのスクールの先生方のように立派な指導者になれるように頑張ります」
そう言って、田沼は拍手する生徒たちに笑顔で応えた。そして拍手が終わった後、田沼は俺を見た。
「もっと俺に教わりたかったって本当かな?」
「本当です!」
「じゃあ、凛々には最後に特別に居残りで指導してあげるよ」
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