おまえを好きなのはカラダだけ【試し読み】

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 田沼の言葉にぎょっとして固まる。ただの社交辞令だったのに、まさか本気にするとは思わなかった。更に田沼が来るまで教えてくれていたコーチが、「来週試合を控えているんだから、一般開放の時間まで教わりなさい」と言い出す始末で、嘘だったと今更言ったところで、逃げることができなくなった。 「最悪!」  更衣室に苛々しながら駆け込むと、ちょうど路紗が着替えようとしているところだった。「どうしたの?」と心配そうに顔を覗き込む路紗に居残り練習のことを話した。 「あと一時間以上あいつにスパルタ指導されるとか地獄でしかないんだけど!」 「そんな……先生に一対一で教えてもらえるなんて、僕は羨ましいくらいだけど」  どこか寂し気に眉毛を下げて笑う路紗の顔を見て、路紗が田沼に恋心を抱いていることを思い出した。  今日で路紗も田沼と会うのは最後になる。路紗は直接田沼と関わったのは一度きりだし、引っ込み思案だからお別れの言葉も言えないままだろう。俺みたいに、全員を代表して言葉を言ったり、特別に居残り練習をしてもらうこともない。  ふと、路紗が水泳キャップを持っているのを見る。そして思い付いた。俺達双子にしかできないことを。 俺は路紗の水泳キャップを取り、自分の被っていたキャップを戸惑う路紗に被らせた。 「な、なに……?」 「田沼と会うの今日が最後じゃん。だから僕と代わって教わったらいいんじゃない?」
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