本編

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「隼人くん、一緒帰ろ」 「お、おお……うん……や、最上は部活やれば? 運動部からめっちゃ勧誘されてんだろ」 「もしかして体育のサッカー見てくれてた? 身体動かすのは嫌いじゃないけど、授業くらいでちょうどいいかな。俺すぐ筋肉ついちゃうし」 見てるも何も敵チームだっただろ。 こいつがサッカー部の準レギュラーたちに負けず劣らずの速度とスタミナで広い校庭を走り回り蹴り回したボールはバカスカ俺の守るゴールに吸い込まれていった。何でサッカーで50点も差つくんだよ、こいつだけバスケやってんのかってくらいの独壇場で。 最上の見た目は完全にヤンキーだ。顔立ちこそ高坂とは別タイプの整った部類ではあるが、あっちが『柔らかい』ならこっちは『鋭い』タイプ。肩幅は厳つく、学校指定のワイシャツ越しに感じる太い二の腕は明らかに肥満のそれではなく筋肉の盛り上がりをしている。隣に立たれると、俺が丹精込めて育てた身体がもやしに見えるくらいだ。 しかし見た目に反して中身は真面目で優しい。それはそうだろう。口を開けば内気な割に活発で可愛かった類ちゃんそのものなのだから。そのギャップと本来の人当たりの良さが周囲にウケたらしく、最上はすぐに人気者になった。 だからこそ不思議だ。もう俺に執着する必要ないだろ、デメリットのほうが大きい。 「何で俺んとこ来んだよ……」 ぼそりと呟いた声が聞き取れなかったのか、最上が身体を傾けてこちらに耳を寄せて来る。春の身体測定で測った俺の身長は170センチちょうどだったが、そこから目測15センチは差がついたところに目線があるせいだろう。 「最上いま身長いくつ?」 「190かな」 20センチだった。正直怖い。 無意識に距離を取ろうとしてしまい、歩く脚が路側帯を踏む。目敏く気づいた最上が半身擦り寄り、更に脚が出て路側帯から身体がはみ出た。 「隼人くんなんか遠くない?」 「や、狭いし……」 「あんまり車道に出たら危ないよ、ほら」 差し出された手の意味がわからず、否、わかりたくなくてポケットから手を出さずにいると腕を掴まれる。引き抜かれた手にさっと指が絡められた。 「あ、あったかい。やっぱりこの時期まだ少し寒いよね。手袋するほどでもないけど」 「っ、おい離せよッ……」 「別に良くない? ね、もう少しこのまま」 歩いているのは駅から家に着くまでの道だ。同じ学校の連中には見られないだろうが、中学までの知り合いならすれ違っても不思議じゃない。 引いても振ってもびくともしない手はどうすることもできず、仕方がないので最上との距離を詰める。肩が触れる位置に身体があれば繋いでるのを誤魔化せると思ったからだ。 「隼人くん冷たい。俺、会えるの楽しみにしてたんだよ」 俺だって再会するのが昔のままの美少女なら喜んでた。いや、美少女じゃなくても女で俺のこと好きならどんなドキツイ女に育ってても喜べたかもしれない。最悪男でも見た目が美少女のままならワンチャンあったまである。俺、ラノベの男の娘キャラは秀吉も彩加も正ヒロインだと思ってるし。 「無理……男の娘には無理がある……むしろ漢の娘……せめて男姉(おねえ)ちゃん……メス男子化すればワンチャン……クソッ、脳内変換に限界が……俺が絵の描けるオタクならバ美肉用意すんのに」 「えっと、隼人くん? 大丈夫?」 繋がれている方とは反対の手で頭を掻き毟る俺を心配してか、最上が慌てた様子で覗き込む。 「具合悪いの? 頭痛い? ここら辺どこか休めるところあったかな、水買って来ようか?」 おまけに優しさの塊すぎるし。ダイバッファーhtかよ。お前だったのか、解熱鎮痛剤に含まれてる優しさの正体。 「どうしてそんな優しくしてくれんだよ……」 混乱中の俺を置いてすぐそこのコンビニまで走ろうとする彼を引き留める。呻く俺を見下ろして、最上は少し恥ずかしげに顔を背けた。 「当たり前じゃん。好きな人には優しくするよ。折角付き合ってるのに」 「……え?」 「え?ってなに? だって、俺たち付き合ってるよね。引っ越す前から。俺、別れたつもりないんだけど」 190センチの筋肉質強面イケメン彼女♂だと? 俺は彼女持ちだったらしい。それも遠距離で付き合って10年の。冗談じゃない。だが、見上げる位置にある頬を赤く染めた顔は見るからに俺に『好き』という感情を伝えてくる。 ……正直、悪くないと思ってしまう自分が憎い。 「最上、俺も俺のこと好きな人は好きだ」 「え、何? どうしたの急に……あ、ありがと……っ」 好きだと言われて余計に照れたのか、じわじわと頬の赤らみが目尻まで広がった。 「か、かわ……」 「川?」 「ななななでもななな」 おかしい、まだ脳内変換でメス化も済んでないのに可愛い。こいつ男なのに。ぶっちゃけ俺よりちんこデカそうな筋肉隆々男なのに! 「なあ最上、俺のこと好きなら俺のお願い聞いてくれるか?」 確かめるしかない。俺の脳内変換メス化(ライフハック)がどこまで通用するか、俺は本当にこいつのことを好きなのか、こいつのことどこまでなら可愛く見えるのかを。 「うち、今日俺しか居ないんだけど。泊まり来いよ」 1ミリも笑わない俺の異質な真剣さに何かを感じ取ったのか、最上はデカい図体を強張らせながら小さな声で「変なことしないなら」と頷く。 変なことな訳ないだろ。付き合って10年の相手とならセックスくらいする。 決まりだ。そのまま最上を道に待たせて駆け込んだコンビニで人生初めてコンドームを買い、何食わぬ顔で手を繋ぎ直し帰路に就いた。 俺は至って普通のノーマルだ。SNSではそれなりに腐文化を叫ぶ女オタクとも交流があるが、男同士の恋愛なんて死に戻りや異世界転生、剣と魔法にエルフと獣人くらい現実味のないファンタジーの世界である。要は現実ではあり得ないこと。二次元でしか存在しない誇張された表現だと、そう思っている。 否、思っていた。 「は、はは……すげえ」 「あ、あんまり見ないで……」 呆然と呟く俺の下では脚を大きく広げた最上が横たわっている。汚したらいけないから、お互い制服は脱いだしベッドにはバスタオルを何枚も敷いた。 最上は俺が思うよりずっと積極的で知識があった。そもそも男同士関係なしに俺は童貞だから、何も言われなければ今頃ベッドはローションまみれにでもなっていたことだろう。 「何で? めちゃくちゃ綺麗にしてあんじゃん。これって脱毛? 俺のために準備してくれてたんだろ」 「っ、そ、そう……だけど……っ」 見るなと言う割に従順に自分で脚を持ってくれている最上の股座はシミ一つなく毛穴も目立たない綺麗な肌で、男らしい毛なんて一つも生えていなかった。子供っぽいというより、均整の取れた身体つきのお陰でダビデ像のような芸術的なものがある。 「隼人くんやっぱ電気消して……あ、あと俺後ろ向くから、それで……」 「駄目。最上がどんな身体しててどんな顔してるか見たいから」 じゃなきゃ確かめる行為の意味がない。こうして向かい合っている間に俺の気分が高揚している時点で答えは出ているようなものだが、これだって人生一度きりの脱童貞によるハイかもしれないし。 一応配慮して部屋の照明を暗くするくらいはしている。俺の答えがお気に召したかわからないが、最上は暗がりでもわかるくらい真っ赤に染まった。 「うう、隼人くんの意地悪……」 「うわっ……俺の幼馴染み可愛すぎ……?」 「っか、可愛いとか言うなって……!」 聞かせるつもりはなかったが声に出ていたらしい。か弱い力で身体を押され、思わず「ごめん」と上辺だけの謝罪をする。 すべすべとした皮膚にローションでふやけた指を這わせ、丸い臀部をマッサージするように揉み込んだ。やっぱ触り心地は筋肉だなと感じるが、体質的なものか俺のとは違うのか、柔らかい。それでも脂肪より弾力がある感触をつい面白がって熱心に揉み込んでいると、最上が僅かに身体を揺らしているのに気がついた。 「挿れてほしい?」 「き、聞かないで……っ」 「言えない? じゃあもう少し楽しんでようかな」 今度は片手を胸の上を滑らせる。もちもちとした触り心地を楽しんでいる間に最上の息が上がった。M字に広げた脚の中央で勃ち上がった男性器が揺れる。 「ん、ふっ……、んぅう……っ」 「なあ、先っぽダラダラ濡れて来てんぞ。これ初めての感度じゃねえだろ。自分で開発してた?」 「ひぅゔッ」 痛いくらいの力を込めて乳房──と呼ぶのはおかしいが、大胸筋が育ちすぎて乳と呼べるくらいの大きさがある──を握ると、痛みで最上が悲鳴を上げた。だが、ぶるぶると揺れる性器は萎えずにそのままだ。 「それとも誰かにやってもらった? なあ、どうなの」 「あぐっそれやめ……っ、じ、自分で……ッ、自分でやったから……ぁ……っ」 「へえーーー。自分で胸開発したんだ? 俺のために」 むぎゅむぎゅと握り、柔らかく揉み込んで乳輪の形に沿って指を這わせる。先端の立ち上がりを押し潰して引っ掻くと最上は首を振って嫌がる素振りを見せた。 「イっちゃ、やだ、隼人くん……っ」 「胸でイきたくないの? こんなに感じてんのに。俺とこうしたくて頑張ってくれたんだよね?」 「だって、だって……、」 脚を掴んでいた手が離され、代わりに俺の首の後ろに回った。そのまま抱き寄せられる。 「初めては隼人くんのがいい……」そう俺だけに聞こえるか細い声で訴えられ、目の前がグラグラと揺れる。 「…………はあーーー」 俺の大袈裟なまでのため息に呼応して最上の身体が揺れる。慌てて距離を取ろうとする腕を遮って自ら上からプレスするように身体を押し付けた。体重を乗せた圧のせいで、二人の腹を濡らす反り返った彼の性器の熱がはっきりとわかる。 「は、隼人くん……?」 「ちゃんと慣らすから、もう可愛いこと言わんで」 返事を待たず後孔に指を突き立てる。ぐちゅぐちゅと音を立てて埋まっていったそれは思う以上にすんなり挿入って、胸だけでなくこっちまで開発済みなことがよくわかった。 それでも人の内臓なんて触ったことないから、勢いがあったのはどれくらい力を込めたらいいかわからなかった最初だけだ。あっさり指の半分以上を飲み込んだ穴から恐る恐る引き抜き、また僅かに埋めていく。ひくつく肉の縁は広さにまだ余裕がありそうで、むしろ物足りないという訴えまで感じる。 「これ指増やしていい感じ? 痛くない?」 「ん、大丈夫、だから……あの、も、少し……激しくてもいいくらい」 言葉通り、一旦引き抜き中指だけだった指に人差し指を添えてもう一度挿れる。何をしたらいいかわからずただ抽挿を繰り返すだけの単調な動きだが、時折熱い肉の壁を撫でるときゅうきゅうと締め付けられた。 「っあ、あの、もう少し手前側に……」 「あ? こう?……うお、なんか触った」 「〜〜〜ッッ、あっ」 指先が何か柔らかいものを掠める。他のとは触り心地が違うそれは柔らかくて丸い何かしこりのようなもので、それに触れると指の締め付けが強くなった。 「あぐっ……、ん、ん゛っ……」 苦しそうな呻き声を上げる割に、声色自体は語尾にハートがつきそうなほど蕩けている。はあはあと頬を赤らめ息を上げる顔に唇を触れそうなほど近づけ「気持ちいいの?」と囁けば、最上は躊躇いがちに頷いた。 「そ、そこ触ると……男でも気持ちいいってやつで……ちゃんと開発したけど、俺、指でしか触ったことなくて、あの……」 もごもごと口籠もりながら、彼の視線が俺の下半身に向く。ついでに伸ばされた手で裏筋から亀頭まで柔らかく握り込まれ、むず痒くなる力で擦られた。 「こ、これ……ほしくて……」 ぶち、と頭の何かが音を立てる。 次に冷静になったときには、俺の性器がずっぷし最上の身体の中に埋まって彼が仰け反り舌を突き出して達していた。二人の腹をエグい射精量の精液が濡らしている。 「あ、あああ゛ーーーッ……、待っ……そ、急、にぃ……ッッ」 「あ、あーごめん無理、かも」 つかやべえ、人の身体の中気持ちよすぎる。 心地いい肉の壁に竿を締め付けられる感触に背中がぞくぞくと粟立ち、衝動のまま腰を進める。先端に吸い付かれる感触が気持ちよくてわざと少し引いては吸い付くのを楽しんだ。ぬぽぬぽとねちっこい腰使いが最上も気持ちいいのか、「あ、あ、」と喃語のようだった声が次第に「お゛っ、おお゛っ……♡」と獣性を帯びたものに変わっていく。 「お゛ひっ……、ま゛、ぁ……ッ、ゆ゛っくりぃ……ッ」 「悪い、ごめんそうだよな、ゆっくりな、ゆっ……く、りッ!」 「〜〜〜あ゛っっっ……ッッ」 自分に言い聞かせるためそう繰り返す。ずちゅん!と一際力を込めて腰を打ちつけたあと、中に熱を馴染ませるようにしばらく動きを止める。目を閉じて感覚に集中すると締め付けの心地よさだけじゃなく中の湿った感じとか、熱さとか、そういうのを感じる。少しも抜かないまま腰で円を描くようにグラインドさせると、肉の縁がきゅううん、と締め付けるのがわかった。 「あー、イきそ……っ」 まだ早いか? 人と比べたことないし、初めてだから自分が早漏かどうかもわからない。けど高まった射精感をこのまま解放すると絶対気持ちいいのがわかって、早く解放したくてうずうずしてる。 ふうふうと息を整えて閉じていた目を開ける。いつの間にそうなっていたのか、最上は男らしい眉を八の字に下げて歯を食いしばっていた。口元はだらしなく涎まみれで、瞳は黒目がちになり俺にではなく上に向けられている。 「ふ゛っ、ふゔゔぅ〜……ッ」 「最上、イきそう? あ、もう一回イってんのか。じゃ俺もいい?」 一応聞いたが、俺の声が届いているかはわからない。大人しくしていた腰の動きを再開させてぬこぬこと動かすと、「お゛っ……ほぉ〜〜〜っ……♡」と先ほどとは比べ物にならないくらい下品に獣めいた声を上げた。 「イグッイグイグイグ♡いぐぅうッ〜〜っっ♡♡」 ビュッビュグッ!と俺のより雄らしい性器から精液が噴出する。二度目なのに一度目のそれと変わらない量の精液を浴びながら、俺も最上の腹の中で高まる射精感に意識を集中させた。 きゅうきゅうとした締め付けは既にぎゅんぎゅんと搾られるようなものに変わっていて、早くナカに欲しいと強請られているように感じる。 「って、あ、やべえゴム……!」 慌てて引き抜こうとする腰に重い衝撃が走る。最上が俺の腰に脚を絡ませて、いわゆるだいしゅきホールドをかましてるせいだった。 「ちょ、離……っ、で、出る……ッ」 「やだっ! 隼人くんこのまま出して! 俺ん中にちょうだい」 「もがみ……ッ」 切羽詰まった俺を目尻の赤くなった瞳で見つめ返し、拗ねたような声を出す。 「類って呼んでよ」 「ッ、るい、類ッ、も、イきそ……ッ」 もう限界だった。力の入らない腰は離れようとするどころかむしろ擦り付けるように縋り付き類との距離を変えられなくて、尿道のすぐそこまで上がってきてる射精感を後押ししてくる。 「うん、俺の中に出して」 そう耳元で囁かれる低い声を聞きながら、俺は人生で一番気持ちよく達したのだった。 ── 「送ってく」 「一人で帰れるのに。帰り道、隼人くんのが危ないかもよ?」 「あんなこと、それも初めてヤらせておいて終わったから帰れってわけにもいかないだろ。い、一応……可愛い彼女……なんだし」 「……! 隼人くんっ!」 あのあとろくに片付けもしないまま、かと言って二度目をするわけでもなくいちゃいちゃとした時間を楽しんで、それから一緒に風呂に入ったりしてだらだらと後始末をした。 すっかり夜も更けた頃に「近所だし着替えたいからやっぱり帰るね」と言う類を送るため家を出たところだ。 再会して一度も足を運んだことがなかったが『類ちゃんの家』は身体が覚えている。真っ直ぐ進み信号を三つ渡って、コンビニを一つ通り過ぎたところがそこだ。今更思い出す必要もないほどに通い続けたところなのだと今になって意識する。 「……俺さ、隼人くんに謝らないといけないんだけど」 三つ目の信号を渡ったところで類が口を開いた。躊躇いがちな声色に後ろめたさが滲み出ていて、なるべく優しい声を心がけて続きを促す。 「なに?」 「俺、隼人くんが俺のこと女の子だって誤解してるの気づいてた。もっと可愛いのに育てばよかったのに、こんなゴツい男でごめん」 聞きたかったような、聞きたくなかったような言葉で返事に詰まる。無言を何と思ったのか、類は立ち止まって俯いた。 「10年も付き合ってるつもりでいたってのは嘘だ。男なのも、本当は手紙とかで言えばよかったし、そもそも会わないほうがいいかもしれないと思った。けど、俺、どうしても隼人くんのことが好きで……再会してどんな反応されるかわからなくて、考えると怖くて……だから会ったら、どんな反応されても嫌な顔されても気づかないふりしようって決めてた」 「だからごめん」そう続いた類の声は人気のない夜道で聞き取るには十分で、嫌になる程はっきりと俺の耳に届いた。 二人の間に沈黙が落ちる。類の話はこれで終わりだろうか。それともまだ言い足りないことがあるのか。頭の片隅でそんなことを考えながら、俺は口を開く。たとえ類が何を言おうと、俺の答えは変わらない。 「それさあ、別れの言葉? 俺、今フラれてる?」 俺だって酷いものだった。勝手に被害者面して、大好きな幼馴染みとの思い出を汚された気になって酷い態度を取った。愛想を尽かすには十分だ。 それなのに、彼は俺を好きでいてくれた。優しくしてくれた。 俺を好きでいてくれるこんな健気な生き物を、嫌いになれるわけがない。 「……え? それって……」 「つーか、初めてヤったその日に別れましょうとか最悪だから。俺でもやんねえよ、多分」 「あ、わ、別れない!」 「じゃもうこの話終わりな。早く行こうぜ、夜はやっぱ寒いしさ」 立ち止まる類の手を取って歩き出す。ぽかぽかと温かい手のひらを感じながら、寒くはないなと顔に集まる熱でのぼせながら思った。それでも握った手を離す気はない。 小学校に上がったばかりの子供の足ではそれなりの距離だったが、高校生の今では短すぎるほどの距離だ。なんとなく別れが惜しくなる。先延ばししたくて、類の家までの最後の目印になるコンビニを指差して「寄っていこう」と返事を待たずに手を引っ張った。 少し遅れた類の「あ、ちょっと……」と制止をかける声と俺が自分の選択ミスに気づいたのはほぼ同時のこと。 「あ? 何だテメー」 俺が普段利用しない、利用したのもガキの頃真っ昼間に使ったきりだったコンビニは夜中は立派な怖い人たちの溜まり場になっていた。なにその剃り込み、なにその腕に見えるやつ、タトゥーシールだよね?と聞きたくなるが、シールにしては色が黒々とし過ぎてる。おそらく本物だ。 「はわわわわわ」 類の手を引っ張りUターンを決めるも、背後に回られた怖い人の仲間で既に退路が塞がれている。 せめてものなけなしの勇気で類のことを俺の背後に隠すが、そこから「こいつには手を出すな!」なんて叫べるほどの男気は備わっていなかった。悲しい体格差で身体自体はみ出てるし。 「こんな時間に男同士でデートかぁ? ギャハハっ」 「おいその制服知ってんぞ、確かいいとこの私立だよな。お坊ちゃんら、ここ通行料払う義務あんの知ってるー?」 足元には酒の空き缶が転がっていた。酔ってんのかキメてんのか常時これなのか知らないが、男たちはヘラヘラと笑いながら、しかし確実に間合いを詰めてくる。 怖い、コンビニ行くだけでカツアゲに遭う世界なんて聞いてねえよ。 恐怖心で身も心も竦み上がりながら、どうにかこの現状を打破しようとフリーズして固まりつつある脳を必死に働かせた。走馬灯のような勢いで記憶が流れるが、ヒットするのは昔公園で上級生に囲まれたシチュエーションだけだ。 ……あれ、あのときどうやって助かったんだっけ。 「取り敢えずお前ら離れろ……よッ」 その答えに辿り着くより先に再現された『正解』が、俺たちに伸びてきた手を吹っ飛ばした。 正確には手だけでなく、その身体ごと。 「弱い奴らが群れてもっとか弱いのを襲うっての、俺一番嫌いなんだよね」 「…………へ?」 繋いでいた手はいつの間にか離されていた。 呆然としたのは俺だけじゃなくて、その間にも殴り飛ばされた人が地面に倒れていく。 「……、?、!??、ちょ、ちょっ待って類!類待てって!!」 暴力沙汰はまずい。うちの学校は染髪もピアスも緩いけど、成績不振と警察沙汰はご法度だ。 制止の声を聞き届けてくれたのか類は一旦動きを止め、その間にまだ殴られていなかった人たちは仲間を置いて逃げていく。目の前はコンビニだ。警察を呼ばれるより先に俺たちも逃げようと、類の手を掴んで走り出した。 「わ、隼人くんストップ、家通り過ぎちゃうよ」 のんびりとした声の類に手を引っ張られて立ち止まる。 「心配しなくても、あそこの店長知り合いだから大丈夫だよ。警察呼ばない代わりにたまに厄介な客追い払うよう頼まれてんの。……大丈夫?」 「あ、ひ、だ、だだだだ、だいじょぶ、大丈夫だから……類、さん……」 返事をしながらぜえはあと上がった息を整えた。その間に類は家の鍵を開けたのか、玄関扉が開かれる。 「帰り道危なくなったよね。泊まってく?」 首を横に振ることもできなくて、静かに頷いて中に入れてもらう。扉を閉めると同時に、背後から抱き締められた。 「さっき、俺のこと庇ってくれたね。そういうところ、昔のまま変わらない。やっぱり隼人くんは格好いいな」 「は、はは……類には負ける……」 「そんな謙遜しないでよ。本当に格好よかった。だから俺、隼人くんのことが大好きになったんだ」 とろりと目尻を赤くして『恋する乙女』の表情をする彼女。格好いいと言ってくれて手を握ってくれる彼女。俺のことが大好きな、俺よりも強い彼女。まるで漫画みたいだ。類がヒロインで主人公は俺。いや、逆かもしれない。俺ヒロインで類が最強主人公。 くだらない現実逃避を考える。その握られた手の甲に付着した血液を見ながら、俺は一生こいつを怒らせてはいけないと心に誓うのだった。
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