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エイプリルフール
「俺、男は恋愛対象じゃないんだよな。つーか普通無理じゃね? 自分よりデカい男って。やっぱ自分より小さい可愛い子が好み」
厳しい表情のまま固まった類……最近できた、俺の可愛い彼女を見て自分がやらかしたのだと悟る。
つまらない嘘を吐いてしまった。いや、正確には嘘ではないし、本音ではある。ただ類に伝えなくてもいい本音なのは確かだった。
「な、なんて……冗談……」
「でも嘘ではないでしょ?」
「や、その……あー、…………うん」
高坂と会話していると常々自分が空気を読めない・一言多い・場の空気を凍らせるタイプの人間だと実感はする。それでも、結局空気なんて読もうと思ったところで急に読めるようになることもない。
類との会話は心地よくて、自分がそういう人間だということを忘れていた。変に空回りする言動をしなくなったのは、俺が成長したからではなく類が気にしてこなかったからだ。いいや、もしかしたら今までも俺は気づかない間に彼を傷ついていたのかもしれない。
しかし、今この瞬間類の表情はどうしようもなくはっきりと固まった。つまりそれは単に相手に気を遣わせていただけだということ。脇汗止まんねえ。
昨今の量産型主人公のごとく「あれ、俺また何かやっちゃいました?」だなどと強気の主人公ムーブをかませる鋼の心臓も持ち合わせているはずもない。それに、俺は自分の無神経な言葉で傷つけた相手に冗談の一言で、薄っぺらな謝罪で済ませるのは嫌いだ。俺はこの痛みをチー牛丼顔って言われたとき学んだ。
「る、るい……ごめ……」
「どうして隼人くんが謝んの。本当のことだよ、俺が男なのも、隼人くんより小さくて可愛い子じゃないのも。だから謝らないでほしいな」
どうしようもない事実があったとして、それは自分のせいではなくて。それなのに自らがそのことを負い目に感じているとき。こういう場面で謝られると、余計惨めな気持ちになる。俺はそのことを身を以て知っている。自意識ばかりが高くて、他人の目を気にしがちな俺だから。恥の多い性格だ。
だからそう言われるとどうしようもなくなって、妙に上擦った声のまま、どうでもいいことを口にする。
「あ、あー……そういや今日、何の日か知ってる? ……こう、いかにも新卒って感じのスーツとかなんか多かったよなー……」
「……」
返事がない。俺のほうがただのしかばねになりそうだ。
四月一日。四月馬鹿。ネタバラシをしようにも、取りつく島もなかった。
類とは春休みに入って毎日のようにデートして、それに浮かれてしまったのだ。俺が失言するときって大体テンション上がって自分でも訳わからないこと言うときなんだよなと後悔が滲み出す。きっと今晩、ベッドの上で頭抱えて叫ぶことになるだろう。
結局この日、俺は一言も発しないまま歩く類の隣を舎弟か何かのように肩を竦めて歩き、家路に着いたのだった。
で、その翌日である。
「調子乗った捨てられる」
「前略し過ぎじゃん?」
頭を抱えているのは然程混んでもないファミレスの店内で、どうして世の学生たちが休みを謳歌しているこの時期に混んでいないかというと今がモーニングを食べる時間だからだ。
駆け込み寺よろしく開店同時凸した俺の目前には呼び出された高坂がやや困り顔で紙製のストローを齧り、二人の間には昨晩から文鎮と化したスマホが鎮座している。電源は昨晩から切っていた。気分はお通夜なのに、こんなときにソシャゲの体力消化なんてやってられるか。
覚悟を決め、恐る恐る電源ボタンを長押しする。輝度マックスの画面にロゴが表示され、しばらくして見慣れたホーム画面に切り替わった。よく使うから一番目立つ場所に配置された緑色のアイコンには、新しい通知のバッジは付いていない。
「これ見てみ」
「まず淀みなく恋人とのトーク履歴他人に見せるのやめなよ」
「言葉にするには破壊力あり過ぎんだよ……!」
『ごめんね』
主語も飾り気もないそのたった一言は、類が昨晩送ってきたトークの最新だった。言うまでもない、俺が彼を傷つけた言葉に対する彼の返事だ。多分、恐らく。これが別れを告げる一言ではないとすれば。
「? これ見せられて俺にどうしろと」
「謝罪の仕方教えてください」
「今俺にやってるテーブルに額擦りつけるやつを最上くんにもやってくれば?」
「そんな謝罪じゃ足りねえんだよ……」
このトーク画面は類の奥ゆかしさを表している。普通、俺を責めるところだろ。どうして類が謝ってるんだ。どうして類に謝らせてるんだ。
「俺を呼び出すより前に本人の前に駆けつけなよ。ご近所なんでしょ?」
「謝るために来るなら来なくていいって言われた……こ、これどういう意味? 顔も見たくないって解釈で合ってるか?」
「さてねー。両手をついて謝ったって許してあげないってやつじゃない?」
「俺の謝罪なんて土下座しても足りないってこと?」
「人間頭下げたところでリカバリー不可なことってあるよねえ」
駄目だ、高坂こいつ楽しんでやがる。
いつの間にかにやにやと笑う高坂はファミレスに駆けつけてくれた早朝から打って変わり、まるで俺のガチャ結果を聞いてるくらいのテンションになっていた。それもまあまあドブなやつのである。
「俺より小さくて可愛い子が好きってのも嘘じゃない! でも! 俺が類のこと好きで好きで堪んないのも本心だよ!!」
「いや俺に言わんで」
「聞いてくれねえんだよ……ッ!」
「聞いてるかもよ? ね、最上くん」
「エッ」
振り返るとそこに立ってるのは破局の危機に瀕している恋人様で。思わずキモオタ全開のウェヘヒヒ……なんて笑い声を上げながら居住まいを正す。
「な、何でここに?」
「高坂くんが隼人くんとデートしてるって聞いて」
「お、おう、そう……」
「だから嫉妬して邪魔しに来た」
「!!」
期待していいのだろうか。たった一晩のうちに何の変化が起きたんだ? それとも上げて落とすやつなのかと喜びと困惑のまま視線を彷徨わせていると、いつの間にか四人がけテーブルの隣に類が腰を下ろした。詰めるように身体が密着する。
「今朝のはあんな風に拗ねちゃってごめんねってこと。何も考えたくなくて一晩中走り込みしてたから返事素っ気なくなった。今もシャワー浴びてそのまま来たんだよ」
爽やかに甘く香るシトラスはそれだったのか。面のいい男は体臭から違うのかと思った。
何と返事をしたらいいのか迷い、違うと思いながらもお疲れ様と労う。俺はどんな状況でも気の利いた一言が言えない。
「許してくれるか……?」
ついでに余計な一言も多い。謝罪するなと言われた手前ごめんと言い切れず、でもなかったことにはできない。許しを乞えば優しい類に許さないと言う選択肢がないことを、いつも許せと口に出してから気づく。
きっと今晩もベッドの上で悶えることになるだろう。思わず俯く俺のつむじを小突き、類はふっと笑った。
「許すよ。代わりに隼人くんも俺のこと許してね」
「何を? う、浮気とか?」
デリカシーゼロの失言を繰り返す自分がどうしようもなくなって仰反ると、テーブル同士の間仕切りに頭をぶつけた。頭を抱き寄せられ、可愛い彼女の肩にもたれかかる形で彼の熱を感じる。
「考えてみたら、俺もだから。俺も隼人くんが俺より小さくて可愛くてよかったって思ってる」
「俺の彼女、イケメンだなぁ……」
「ありがとう。隼人くんも格好いいし可愛いね」
このあと直球な類の誉め殺しに遭い、ついでに空気を読んだ上で敢えて居座る高坂にも冷やかされ、もうエイプリルフールに託けていちゃつこうと策を弄するのはやめようと固く決意するのだった。
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