宛名も差出人もない手紙

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宛名も差出人もない手紙

【一通目】  足元にもふっとした感触。  猫だ。  真っ白の毛と、キャラメルみたいな茶色の縞々。ベンチに座った私の足にすり寄ってくる。時々、校庭で見かける子だ。首輪はしている。今は校庭からサッカー部のかけ声が聞こえてくるから、うるさくてこの中庭にまで逃げてきたのかもしれない。 「ねえ、私、どうしたらいいかな」  にゃ、と鳴き声がして、猫はベンチに飛び乗った。金色の瞳と視線が交差する。 「クラスの子に、無視されちゃった」  でもその子も、他のクラスメイトから無視されている。  詳細はこうだ。  頭がよくて、可愛らしい女の子がいた。テストはいつも一番、運動はちょっと苦手だが、そこも愛嬌のある天使みたいな子。  そんな彼女は、派手な女子グループから、調子に乗っている、と睨まれるようになった。それ以来「彼女と話せば、今度は自分が目をつけられる」と、みんなが距離をおくようになる。  私も、その他大勢の一人だ。 「もともと仲良しってわけじゃなかったけど、席が近いから話すことも多かったのね。でも、すこしずつ会話がなくなった……というか、なくした」  ただ、それでいいのかなと思う気持ちは、ちゃんとあるのだ。 「それでね、休み時間に声をかけてみたの。そしたら、無視されちゃった。今さら何、って、思われたのかもね」  気まずくて、彼女にかける二言目は出なかった。  猫はふわっと、あくびする。  猫相手に何を話しているんだろう、と思わないでもない。それでも、勝手に言葉が出てくる。本当に話さなきゃいけないときに、何も言えなかったくせに。  にゃお。 「ちょっと、制服に毛がついちゃう……、まあいっか」  猫が顔をこすりつけてくる。手を伸ばしてみると、怒る様子はない。のど元をこちょこちょっとしてみた。金色の瞳が気持ちよさそうに細められる。 「――あ、そうだ。手紙に、してみようか」  ふと思いつく。  直接話すことができなくても、手紙なら。 「どう思う? ……なんて、猫には分かんないよね」  苦笑しながら、鞄からメモ用紙を取り出して、ペンを走らせる。うーんと考えて、 『ねえ、大丈夫?』  そんな一言だけ書いて、折りたたむ。名前を書かなかったのは、私だとばれたら捨てられるんじゃ、と思ったから。  捨てられる、か。  また無視されたら。 「――やっぱ、やめようかな」  そのときだった。猫はひょいっと手紙をくわえて、ベンチから地面に着地する。 「あ、こら。食べちゃ駄目だよ」  焦って立ち上がったが、猫はもう駆けていくところだった。 「もしかして、手紙届けてくれるの? ……そんなわけないか」  ただの猫だもんな。  ……食べちゃったら、どうしよう。お腹壊すかも。 「ちょっと猫ちゃん。待って!」  追いかけてみたけれど、手紙をくわえた猫は、もう、どこにもいなかった。  ――でも、届けてくれたら、いいな。
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