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【二通目】
中庭にまで、サッカー部のかけ声が届くのか。
「うるせー……」
芝生に横になって、目を閉じた。そのとき、顔にあたたかい重みが乗っかった。もふもふして、日向の匂いがした。
「なに、お前」
重みを掴んで引きはがすと、猫だった。茶トラの猫だ。校庭で見かけたことがある。人の顔に乗っかっておいて、悪びれる様子はない。頭を撫でれば、ぐるると気持ちよさそうに喉を鳴らす。
「俺になんか用? あ、お前も、校庭から逃げてきたのか? サッカー部、うるさいもんなー。――あ、なんだこれ?」
ふと、猫の首輪になにかが挟まっているのに気づく。丁寧に折りたたまれた手紙のようだった。
「開けていい?」
ふんっと鼻を鳴らされたのを、肯定と解釈する。
『ねえ、大丈夫?』
女子の字だった。一言だけ。他には何も書かれていない。
どきりとした。
「俺宛て、ってわけじゃ……、ないよな」
猫はなにも言わない。
やっぱり違うよな。手紙を特定の人間に届けるなんて、猫にできるわけがない。犬とかならできそうだけど、猫だもんなあ。
「ちょっ、痛いっ……! お前、足はやめろよ」
突然、猫パンチをお見舞いされた。まるで自分がなめられているのに気づいたようだ。
「ごめんって、だから、足は勘弁して。怪我してるんだ」
ふすっと猫は鼻息を鳴らす。
サッカー部の試合がもうすぐに迫っているのに、怪我なんて。医者からは安静に、と言われて、試合も練習も禁止された。俺はいったい、なんのために頑張ってきたのだろう。
サッカー部の声を聞くのも嫌で、校庭には近寄らないようにしていた。練習に参加できなくても、部活に顔を出すべきなのに。でも試合に出ない俺のことなんて、みんな気にしない。チームメイトは忙しいから、構っている暇がないのだろう。一人だけ、取り残されたような気分になった。
『ねえ、大丈夫?』
でももしかしたら、誰かが気にかけてくれたのかもしれない。この一言が、自分に向けられたものだったらいいのに。
「なあ。この手紙、書いたの、誰?」
猫は空を見上げてしっぽを振っている。つられて俺も空を見る。のんびり雲が流れていく。なんだか、気が抜ける。
「――これさ、返事とか、できんの……?」
にゃお、と一鳴き。できるのか、できないのか、どっちだよ。
でもまあ、いいか。
新しい紙にペンを走らせる。
『大丈夫。頑張ってみるよ』
折りたたんで、首輪に挟む。
「この女子に、届けてくれるか?」
にゃお、とまた判断に困る鳴き声。とてとてと駆けていくお尻を見送る。
「何やってんだろうなあ、俺」
猫を介した手紙のやり取りなんて、しかも俺宛てかどうかも不確か。あほらしい。笑える。でもま、たまにはこういうのもいいかもしれない。
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