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【三通目】
猫のしっぽが、ふりふりと揺れる。ちょうど猫が語り手の小説を読んでいたから、タイミングのいい茶トラ猫の登場に笑えてきた。
中庭の入り口では、なにやら男女が別れ話をしているらしく、騒がしい。もしかしたら、僕がいることに気づいていないのかも。これでは集中して読書もできない。仕方ないと本を閉じる。
「君、なんて名前?」
猫は金色の瞳で、じっとこちらを見つめる。
「名前はまだない、かな?」
猫は答えず、僕が座るベンチに飛び乗る。そっと手を差し出すと、自分からすり寄ってくる。人懐っこい。
「――あいつ、来ないなあ」
待ち人はいつまで経っても現れない。最近はよくここに来ているらしいと聞いたのに。ふと、猫の首輪に白いものが見える。取り上げてみると、折りたたんだ紙のようだ。
「開けてみてもいい?」
猫は特別答えることもなく、僕の膝に乗って丸くなる。手紙をそっと開いた。
『大丈夫。頑張ってみるよ』
はっとする。この右肩上がりのやんちゃな字は、幼馴染のサッカー馬鹿のもので間違いない。
「――なんだよ、大丈夫なんだ」
安心というか拍子抜けというか……、とにかく僕は脱力した。
経緯は分からないけれど、どうやら彼は立ち直ったらしい。怪我でサッカーの試合に出られなくなってから、やさぐれていたのだ。
僕は、彼のチームメイトから「様子見てきてくれ!」と頼まれていた。自分たちが声をかけると嫌味になってしまいそうだから、と、僕に白羽の矢が立ったらしい。
彼が中庭でさぼっているとの情報を聞いて、来てみたのだが、いつのまにか彼は勝手に元気になっていたようだ。安心する反面、せっかく来たのになんだよ……、という気分にもなる。
「君、あいつと仲いいの?」
猫はにゃ、と鳴く。肯定か否定かどっちとも分からない。
それにしても彼はいったい何をしているのだろう。猫に手紙を託して、だれかとやり取りをしているのか? そんなおとぎ話みたいな話があるものだろうか。
でも、もしそうなら、面白い。あのサッカー馬鹿が、メルヘンなことをしているなんて。くすくす笑うと、猫は小首を傾げた。
「ねえ、僕の手紙も、届けてくれる?」
猫はなにも答えず、足で耳の裏をかき始める。
そんな猫を眺めながら紙とペンを用意した。
『ちょっとは、僕のことも頼ってね』
「はいこれ。よろしく」
首輪にそっと挟み込む。いたずら心というものだ。本当に彼に届くなんて思ってない。でも届いたら、愉快だ。
猫がふりふりしっぽを揺らして歩いて行く。
まあ、もし手紙が届かなくても、明日、彼とは話してみよう。
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