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【四通目】
「もう、なによ、なによ、なんなのよ……!」
中庭に、私の声だけがする。
静かだ。昨日も、そうだった。私と、彼だけの、秘密の空間。それなのに。別れてくれ、と言われたのだ。
「もおおおおおっ! どうしてよおおおお!」
二階の窓から、ヘッドフォンをしている男と目があった。愛想のない男だ。なによもう。もっと優しくしてくれたっていいじゃない。
ふと、別の視線を感じて、二階から足元へ視線を落とす。
猫がいた。
「きゃあっ、可愛い……! おいでーっ!」
茶トラの猫だ。じっとこちらを見て動かない。照れているのだろう。よいしょ、と抱きかかえると、もふもふで、あったかい。
「あ、もしかして、私のこと慰めに来てくれたの? そうなのね! ありがとー、優しい!」
にゃにゃ、と身じろぎ。
「照れないでよー。……あれ、なにか紙が。なあに、これ?」
猫の首輪に挟まっている紙を抜き取る。開いてみると。
『ちょっとは、僕のことも頼ってね』
その瞬間、ずっきゅんっ、と胸を貫く衝撃に襲われた。
「え、これ、ラブレター? うそ……っ!」
手紙で声をかけてくれるなんて、奥手な子なのだろうか。小さめの字で、止めはねがきっちりしている。真面目な男の子、って感じだ。
ああ、どうしよう。
どくん、どくん、と鳴る心臓。
「こんな可愛い告白、はじめて……!」
私はさっそく、鞄からルーズリーフを取り出した。
『お手紙ありがとう。おかげさまで彼と別れたこの悲しさを、ふっきれそうです。本当にありがとう! ふっきれるどころか、前を向けました。名前も知らない、顔も知らないあなただけど、お手紙をくれたことがとってもとっても嬉しくて、今、ドキドキしています。できれば直接あなたに会いたいな、なんて、ちょっと積極的すぎますか? お手紙をくれるあなたは、直接会うのが恥ずかしいと思っているのかもしれないけど、でも私は、あなたに会いたくて――』
ルーズリーフ三枚にびっしりと想いを綴って、折りたたむ。
猫はいつのまにか、中庭の端の方で丸くなっていた。そちらに歩いて行って、首輪にすっと手紙をさしこむ。猫がぱちっと瞬く。
「あなたはキューピットってことなのね。ふふっ、可愛い! その手紙、私の王子様に届けてきてね」
猫は一度私を見ると、びゅんっと駆け抜けていった。張り切って手紙を届けに行ってくれたのだろう。なんていい子。
「お願いねー!」
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