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1.平凡ではない日常のはじまり
「やばいやばいやばいやばい」
上がり框を飛び降りるなり、香川亜衣はハイカットのコンバースに、両足をつっ込んだ。
「んじゃ、行ってくるねー」
サムターンを回し、勢いよくドアを押す。
ガッヅッツゥーン!
破壊しようとする意志を持たないと発生しないような、激しい金属音が耳をつんざく。
「いったあぁぁーいぃぃぃ」
U字ロックを外し忘れたせいで、押し開けたドアが、中途半端に開いた状態で止まっていた。そこに、メトロームのような一定のリズムで、ひらり、ひらりと、何かが舞い落ちてくる。
それを手に取った。
(こ、これは……)
ドアに跳ね返された衝撃で、右手がじーんとしびれている。その手で、呪文のような文字が書かれたお札を捕まえていた。
『悪霊退散』
達筆だけど、辛うじて読める。このお札――魔除けのお札が、玄関の天井付近の壁に貼られた時のことは、なぜか、亜衣は鮮明に覚えていた。
亜衣がまだ幼い頃。
「ここに魔除けのお札を貼っておけば、悪霊は入ってこられないんだよ」
玄関に立てた脚立の上の父が、笑っていた。
今はなき、亜衣の父が。
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