地下鉄で電車を待っていたら、 冥途の土産を聞かされた話

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「わたしは猫になりたい。」 俺が返事をしないうちに、彼女は『冥途の土産』の語りを始めた。 「調べたの……生まれ変わり、輪廻転生は仏教の考え方だね。人間は死ぬと魂だけの姿になって、また別の肉体を貰って現世に戻るって話。」 大真面目に、彼女は宗教の話を始めた。 やっぱりそういう宗教の人なのか? でも、自殺したくて、そのあたりのことを勉強したのなら、すごい。 「ヤフーは、知りたいことをなんでも教えてくれる。」 そうでもなかった。付け焼刃もいいところだった。 「そうやって魂は繰り返す。生まれて、死んで、を繰り返す。そうやって輪廻を続けていくと、ゆくゆくは、いい感じの魂になって、最終的に、なんか、よくなる。」 「ネットの知識だから、最後があやふやじゃないですか。」 「そこは大事じゃないから。とにかく、猫に生まれ変わるには輪廻転生システムがあるぞって話。」 システムって言うな。 「どう?」 どうって……。 「えーと、転生? 異世界転生は、確かに流行りですよね。トラックにぶつかって、異世界にスライドして、新たな世界で新たな日々を過ごしたいって言う。」 「わたしは現実主義者だから、異世界転生は信じてないの。輪廻転生のほうの、転生。」 どっこいどっこいだと思う。 いや、そのあたりはデリケートな話題かもしれない。 輪廻転生と異世界転生を似たようなものに括ったら、バチが当たる気がする。 「それで、人間は死ぬと、その魂は六つの世界に行く。地獄と、極楽と、現世と……。現世の中でも人間の世界と、動物の世界に分かれて、あと二つは……忘れたけど、まあ、どうでもいいかな。」 「半端な知識ですね、本当に……。」 あやふやな話だ。昔読んだ漫画に、六道とか、畜生道とか、ネタとして出てきたような気がするけれど、俺もあやふやなので、それは違う! とも言いにくい。 「で、その『現世の動物の世界』に転生できれば、猫になれるって寸法なの!」 寸法って。 「そう。言わば、これは転生ガチャ。」 「転生ガチャ!?」 最悪の響きだった。 小難しいことを言っていたけれど、つまりは生まれ変わりにワンチャン賭けていると言うだけの話だ。 「当たりを引くためなら、どんな縁起も担ぐよ!」 「当たりって……。そもそも、自殺した魂は成仏できないんじゃ。」 「詳しい! でも、成仏はしなくていいの。生まれ変わるから。現世にはずっと留まり続けることになる予定。」 「留まるって、地縛霊になっちゃったりとか……。」 「今のこの体と世の中に心残りはないから、大丈夫! 縛られずに、死に切るから!」 元気よく言うな。 理論武装がすごい。 頭がクラクラしてくる。 「だから、わたしはふわふわの猫になるために、前向きな気持ちで、死にます。」 ドヤ、と彼女は得意げに微笑んだ。 この宣言が、彼女からの『冥土の土産』と言うことか。 ……こんな元気のいい自殺志願者。俺は止められる気がしない。 「そんなに、猫が良いですか?」 「うん。昔、実家の隣の家が、猫を飼ってたんだけどね。外には出してもらってない子で、出窓からいつも座っている姿が見えてね。可愛かった……。」 嬉しそうに目を細めて、彼女は猫の良さを語る。 「自分で、猫を飼ったことはないんですか?」 「家族に猫アレルギーがいたから。わたしは大丈夫なんだけどね。うっかりわたしが猫と遊んで、毛を付けてきたら大変でしょ? 一切、触ったこともない。」 それだけ聞くと、なんだか気の毒だ。 彼女はうっとりと、地下鉄の天井を見上げて呟く。 「猫、ふわふわしてて、いいよね。本当。見ているだけで、ふわふわしていて、触ったらもう、絶対。すごいふわふわ。きっと。あと、柔らかい。それに喉を鳴らすっていうじゃない? ゴロゴロって。どんな感じなんだろ。来世が楽しみ。猫になりたい!」 ん? 何か、引っかかる。 「猫になりたいって、言いますけど、なんか少し、違う気が……。」 彼女がずっと見ていた隣の家の猫。もふもふしていて、柔らかそうで、可愛い……。 「あの。自分が猫になったら、もふもふも柔らかさも、わからなくないですか?」 ビタリ、と彼女は動きを止めた。 「あなたの言う猫の話って、猫になりたいと言うよりも、猫に触れ合いたいって風にとれますよね。ブラッシングしてあげたり、撫でたり、膝に乗せたり。そういうことがしたいんですよね?」 「はわ、わわ……。」 焦ったように彼女は口を押さえる。 重大なことに、今、気が付いた! と言わんばかりに。 「猫は、自分が猫であることを楽しめない。」 「なっ。」 「あなたが猫になったら、人間の膝に乗って、モフられなければならない!」 「なんだってー!」 ノリがいい。 彼女は、本当にそれが予想外だったようで、途端に焦りだす。 「そう、そうだったんだ! ああ、そうか……わたしは猫になりたいんじゃなくて、猫と触れ合いたいだけ……。そうだったの……。」 目から鱗が落ちたとばかりに、彼女は何度もコクコクと頷いた。 言うなら、今だ! と俺は間髪入れずに、彼女に優しく囁いた。 「だから、自殺はやめましょう?」
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