5人が本棚に入れています
本棚に追加
大学からの帰り道。
地下鉄のホームで電車を待っていたら、後ろから背中をトントン、と叩かれた。
振り返ると、知らない女性が立っていて、俺に何か言いたそうな顔で、おずおずと、こちらへ手を伸ばしている。
OLさんのようだった。茶色に染めた髪を一つにまとめていて、薄いピンクのジャケットを羽織っている。丈の長いスカートが、地下鉄の風に煽られて、ひらひらと揺れていた。
大学生にも見えなくもないが、彼女たちが持ち歩く何も入らないような小さなカバンではなく、仕事の資料を入れて歩くのにちょうどよさそうな大きいカバンを持っていたので、OLさんだと思った。
それに、学生特有の浮ついた感じがしない。落ち着いた雰囲気をしている。むしろ、どこか疲れているようにも見えた。
彼女は、遠慮がちに微笑みながら、俺に尋ねた。
「……すみません、少し、いいかしら?」
「何駅ですか?」
道を聞かれている。俺はそう思って、質問される前に問い返した。
けれど、その予想は外れたようで、彼女は髪の色と同じ茶色の瞳をまん丸に開いて、えっ! と、驚いたような声を上げた。
「違いました? てっきり、道を聞かれているのかと。」
「そっか。ううん。でも、違うの。」
優しいね、と呟き。彼女は数回頷いた。
「……じゃあ、俺に何の用ですか? アンケートとか、募金とか? そういうことなら、大丈夫です。」
もしくはナンパか。まさか。逆ナン?
「それも違うの。」
おっとりとした口調で、彼女は俺の案を全部否定した。
「ただ、君に聞いて欲しいの。」
「聞く? 何をですか?」
「冥土の土産を」
「冥土の土産を!?」
地下鉄で電車を待っていたら、冥途の土産を聞かされた話
最初のコメントを投稿しよう!